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連載 アメリカ母子保健活動の金字塔・6
メアリー・ブレッキンリッジとフロンティア・ナーシング・サービス
小玉 香津子
1
,
尾田 葉子
2
,
Nancy Dammann
1神奈川県立衛生短期大学
2日本看護協会
pp.952-955
発行日 1989年11月25日
Published Date 1989/11/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611207729
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Ⅶ.センターの運営と実績
1932年までに,ミセス・ブレッキンリッジはフロンティア・ナーシング・サービス(FNS)の組織を完成させていた。FNSは15の都市に委員会を持ち,そのなかから理事となる人材と財政援助を得ていた。また,医学と看護について,それぞれ協議会をもっていた。
ミセス・ブレッキンリッジは,カーネギー財団からの助成金で,中央記録システムを確立し,メトロポリタン生命保険会社に依頼して,最初の1,000人の妊産婦のケースを評価してもらった。以後,1,000人単位での評価の作業は,第二次世界大戦まで続けられた。監査役の助言によって,常勤の簿記係ルシル,ホッジスが雇われた。アグネス・ルイスは,最初は記録副主任としてスタッフに加わったが,のちに事務局長になる。この2人の女性はほどなく,それまでミセス・ブレッキンリッジが背負っていた管理上の責任を引き受けることになった。

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