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整形外科を育てた人達 第72回
Jean Martin Charcot(1825-1893)
天児 民和
1
1九州大学
pp.815-817
発行日 1989年7月25日
Published Date 1989/7/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1408908144
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- 1ページ目 Look Inside
Charcotの名は神経病を考える時忘れることのできないフランスの偉大な学者である.1825年11月29日Jean Martin CharcotはParisで生まれた.父は馬車製作業であったので貧しい家庭ではなく子供の教育は良く行われた.しかし成長しても彼は無口で一人で読書したり絵を描くのが好きであった.やがてパリ大学の医学部に入り医学の勉強を始めたが,成績は常に上位にいたので医学部長でNapoleon三世の侍医をしていたRayerがCharcotの能力を知り彼を支援してくれ,Salpetriere病院に勤務することになった.早速痛風と関節炎の症状の違いを詳しく調べて論文を発表してDoktorとなることができた.その後Salpetriere病院の病棟主任となった.これは1862年で彼が37歳の時であった.

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