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本誌の5月号にJ. Lhermitte教授の老来ますます旺んな文筆活動を"うめ草欄"で書いたばかりだが,その直後に同教授の御訃報を伝えなければならないのは,私にとつてもまことに悲しいことである。82歳というのが正確らしく,お年に不足はないが,わが国の精神神経科医にも最もなじみの深いフランス医学者の1人であつただけに,感慨を新たにされる読音もあろうかと思い,簡単に同教授の想い出や人となりを述べて,遙かなる極東から追憶を捧げたいと思う。
Lhermitte教授は元来神経病学者であり,病理解剖学の造詣が深かつたが(私の留学中はパリー大学医学部病理学教室のDéjerine研究室―中枢神経の病理解剖的研究を主としてやつているところ―の主任として午後から時に姿をお見せになり,顕微鏡をのぞいていられた。その時の弟子がde Ajuriaguerra君で,私も同君の紹介でしばらくそこに通つた),フランスの多くの神経病学者はあくまで純然たるノイロローグであつて,精神医学にはノウタッチであるのに反し,同教授はSociété médico-psychologiqueの会長をやられた経歴もあり,自分はNeuropsychiatreであるといつも言つておられた。したがつてフランスでは多少毛色の変つた学問的系統の人であつたが,ドイツ医学に対する知識も該博で一私が先生のお宅に招待されたとぎ書斎を見せていただいたが,その当時出たばかりのBumke-FoersterのHandbuch der Neurologieが全部揃えてあつた―それだけ私たちには親しみやすく,また先生のお名前はフランス語圏以外の英米独にもよく知れ渡つていた。先生は心理学の造詣も深く,幻覚の問題や身体模図・失行・失認,睡眠の変態―たとえばナルコレプシイーの問題などを好んで論じられたことは周知であるが,その本領は脳病理学者であつて,厳密な意味での精神医学者ではなかつたように思う。この点でいうと,先生の弟子のde Ajuriaguerra君一同君は最近ジュネーブ大学の精神科教授に任命されたときく―はほんとうの意味でのNeuro-psychiatreである。
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