- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
Ⅰ 治療的司法とその誕生
1.概念
治療的司法とは,therapeutic justiceの訳語であり,略してTJという。再犯の発生を刑罰によって抑止しようという特別予防理論に依拠した伝統的な刑事司法観とは異なる。そうではなくて,罪を犯した人が抱える問題に焦点を当てて,依存(嗜癖・嗜虐)や困窮・社会的困難の原因を除去することによって再犯を抑止し社会復帰を促進させようという,更生支援型の刑事司法観である。「治療」という訳語が与えられているが,その言葉の有する本来のイメージは,医療モデルではなく当事者支援の社会福祉モデルに近い。
治療を指すtherapeuticの語はギリシャ語のθεραπευτικόςに遡る。この言葉はケアをする,面倒をみる,といった意味を持っていたようである。これが英語のtherapeuticに繋がったとされる(指宿,2021)。そこで,筆者がセンター長を務める成城大学治療的司法研究センターでは,治療的という言葉の意味を,刑事司法過程において必要とされる援助を当事者に提供する行為と考えており,医療者のみならず,カウンセラーやソーシャルワーカー等さまざまな社会的資源を「治療プロバイダー」と呼んでいる。
この「治療的司法」というアイディアは,1970年代にアリゾナ大学にいたデビッド・ウェクスラー(David B. Wexler)教授と,マイアミ大学のブルース・ウィニック(Bruce Winick)教授という二人の精神衛生法の専門家が生み出した「治療法学(therapeutic jurisprudence)」という法思想が出発点となっている(ウェクスラー,2019;渡辺,2004)。彼らは,治療的な視点を法制度,とりわけ精神障害者をめぐる法制度へと取り込むことに合意し,これが後に世界中の刑事司法のあり方に抜本的な変革を迫る理論的支柱となるTJの端緒となった。
なお,この「治療法学」の応用範囲は決して刑事司法に限られないことに留意しておきたい。本稿の射程外ではあるが,治療法学は民事や家事,環境法や労働法,教育法等の多様な分野で有用だと説かれている。

Copyright© 2026 Kongo Shuppan All rights reserved.

