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はじめに
人生において,危機的状況は何度も訪れる。身の危険を感じるような経験や尊厳を踏み躙られるような経験は,トラウマや他の精神疾患を引き起こす要因にもなりうる。そして,幼い頃からそうした経験を強いられる人もいる。小児期逆境体験(Adverse Childhood Experience:以下ACE)として知られる虐待やネグレクト,家族の機能不全など,本来安全であるべきはずの家庭内で安全を感じられないといった状況や,学校でのいじめ,教師からの体罰,貧困,差別,そして大切な人の喪失などの経験は,子どもの心に深い傷を残すこととなる。
世界子供白書(2021)によると,WHOが定めるところの「こころの病」の診断を受けている10~19歳の青少年は13%を超えると推計されている(UNICEF, 2021)。「診断」を受けていない潜在的な数も含めればさらに増えるだろう。実際,「こころの病」を患っていても専門家へ援助を求める割合は高くはないだろう。一度専門家へアクセスしたとしても,継続しないことも多々ある。精神療法は重要だが,多くの人はそれに頼らず(頼ることができずに),何とか日々の生活を送っている。また,厚生労働省によると日本の児童虐待の相談件数は2023年度分で225,509件となっており(厚生労働省,2025),2013年度の73,802件からわずか10年で3倍以上に膨れ上がっている(厚生労働省,2024)。
本稿では,苦難を抱える子どもや若者が個人レベルや集団レベルでレジリエンスを育みうるものとしてラップミュージック(以下:ラップ)に着目する。ラップの特徴や歴史的変遷を踏まえた上で,若者が自身の心の傷に気づき,向き合い,そして跳ね除けていくレジリエンスを育む可能性を探る。

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