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はじめに
通常の保険診療を行う精神科医は,精神分析,認知行動療法(Cognitive-Behavioral Therapy : CBT),森田療法等のみを精神療法のモデルとするわけにはいかない。これらのアプローチは構造化されているが,それにもかかわらず欠陥を抱えている。その欠陥は,「構造化されている」という事実そのものにある。
精神療法は,本来,けっして構造化されてはならない。患者の個別性に合わせて適用されなければならない。構造化された精神療法は,技法として柔軟性を欠く点が弱点である。精神療法が構造化されているということは,その技術が融通を欠くということである。したがって,適用範囲は狭く,保険診療の対象となる患者の多様性に対応できない。
フロイトも,ベックも,森田正馬も,偉大な臨床家だが,しかし,ヒッポクラテス以来連綿と続く医聖列伝のニューフェイスにすぎない。古代から続く医の英知には,とかく技法中心主義に偏りがちな精神療法が見失ったものを再考させてくれる。たとえば,ヒッポクラテスは,「汝の食事を薬とし,汝の薬は食事とせよ」といい,「歩くことこそ最良の薬である」等と述べた。これらの箴言は,今日の生活習慣医学の先駆をなすものである(Yeung et al, 2018 ; Batman et al, 2012 ; Stamatakis et al, 2018)。また,2世紀のガレノスは,すでに疾病予防と機能回復のための運動や生活習慣の管理に関する言及を行っている。ここには,リハビリテーション医学の端緒が見いだされる(Page, 1946)。医の先駆者たちが対象としてきた,食事,運動,睡眠,呼吸等に関する工夫の集積にこそ,今日の精神療法家たちが範とすべきものを含んでいる。
とりわけ,保険診療が対象としている医療機関受診患者(後述の牛島にならい「ホスピタル・ケース」と呼ぶ[牛島,2000])に対しては,無意識や認知以上に,むしろ,身体にこそ焦点を当てたい。これらの患者においては,器質的な有無にかかわらず,身体症状を呈することが多い。そこにおいては生活習慣(睡眠,運動,食事)に介入し,適切な指導と助言を行うことが,患者の生活の質(Quality of Life,以下QOL)の改善に資する。
本論文では,ホスピタル・ケースと構造化された精神療法のミスマッチを指摘し,次いで,精神療法にリハビリテーションの発想を導入する意義について議論し,大学病院精神科で提示された3症例をもとに,身体疾患と関連する精神障害における精神療法の実際を提示する。

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