特集 先生は大変だ―「先生たち」のメンタルヘルスを通して見えるもの
先生が生身の人間として交流すること―あるいはできないこと
筒井 亮太
1
1たちメンタルクリニック
pp.857-858
発行日 2024年12月5日
Published Date 2024/12/5
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Ⅰ 僕の「先生」
僕にとって「先生」とはそもそも理不尽な存在だった。ひどく尊大で,誤解をしてくるものだった。僕が幼少の頃には普通に体罰が横行していたこともあり,学校の先生は恐ろしかった。十人十色の生徒を一元的に「管理」しようとするのだからうまくいくわけがない。不首尾に終わりそうになればヒステリックに叫び散らし,生徒間トラブルが起これば露骨に贔屓を行使する。端的に言えば,先生というのはおよそ人の話を聞いてくれる生き物ではなかった。
その原体験の結果として,僕は「先生」に対してとてもアンビバレントになった。悪い体験ばかりではなく,良い体験ももちろんあった。しかし「この人はわかってくれるかもしれない」との期待が生じても,些細な言動不一致を目撃すると,すぐさま失望に変わってしまった。いつしか僕は先生というのものに対して,非常に境界例的(あるいは思春期的)となったわけだ。
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