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I はじめに
「認知療法は『プラス思考の力(the power of positive thinking)』を精神療法的に具体化したものではない」と言われるように,認知行動療法は楽観主義よりは現実主義が特徴である(ベックほか,2025)。このように説明されれば,現実主義的なアプローチと希望という取り合わせに,相性が悪い印象を抱く人もいるかもしれないと思う。しかし,これまでの筆者自身の認知行動療法体験を少し振り返って考えてみると,セラピーのなかでその参加者が希望を培っていく様子に遭遇する場面も少なくないと気づく。例えば,治療初期であれば,「(抑うつ気分が強い患者が認知再構成を経たセッション後半のフィードバックにおいて)確かに,そう考えることもできるかもしれないなと思いました。ちょっとやってみようかと思います」と言われれば,クライアントがこれから行われる取り組みに若干の希望を見出したかもしれないとセラピストとして感じる。あるいは,治療後期であれば,「(自殺対策の認知行動療法のセッション全体のフィードバックで)こんなものがあるんだったら,もっと早く教えてもらいたかったと思いました」「このセラピーにはじめは渋々参加されていたにもかかわらず,10回ものセッションに毎回参加し続けることを決めたのは,どなたの意向が強く反映されていたのですか?」「……確かにそうですね,それまでの苦労があったからこそ,私はここに来ようと思ったんですよね」と自分の体験したことを受け入れセッションを卒業していくクライエントを,セラピストとしては頼もしく見送るだろう。
このように,自身の考えを自身で調整し,より現実的になっていく場面に参加する人たちのなかには,希望という言葉で表現されるような体験が育まれるようである。そしてその背景には多くの場合,セラピーに訪れる直前まで自身にとって重要な事柄について考え尽くし,もしくは数え切れないほど積み重ねられたその思考過程のループに圧倒され,そして行き詰まって来室するクライエントがいる。認知行動療法のなかでは,セラピストが純粋な興味を持って接する(決めつけずに関心を寄せる)。そこに協働的経験主義が加わって,その思考の全容は現実なのかもしれないと,そこに事実を照らし合わせながら,改めて一緒に考える機会が生じる。その取り組みのなかでは,セッション構造とセッション間の橋渡し,ホームワークそして概念化が,この希望に似たものを人間関係のなかで大切に保ち続ける役割を果たしているかのようである。例えば筆者に馴染みの深い自殺対策の認知療法においては,その治療の導入期から希望の感覚を届けることが重要であるとされ,「賢明な希望(hoping smart)は失望と絶望よりも機能的である」とわかるよう援助する(ウェンツェルほか,2019)。ここまで考えてみて,近年注目を浴びているリカバリーを目指す認知療法(Recovery Oriented Cognitive Therapy:以下,CT-Rと呼ぶ)について改めて検討してみると気づかされることも多いかもしれないと考えた。そこで,本稿ではCT-Rについて希望との関連からいくつかの考察を加えてみたい。

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