特集 トラウマインフォームドケア
トラウマインフォームドケアをはじめよう―考え方と進め方
野坂 祐子
1
1大阪大学大学院人間科学研究科
pp.411-415
発行日 2025年7月10日
Published Date 2025/7/10
DOI https://doi.org/10.69291/cp25040411
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I はじめに―最先端か,原点回帰か
「こころのケガをトラウマのメガネで見てみよう」―トラウマインフォームドケア(Trauma Informed Care : TIC)が多領域で流通してきたのは,このキャッチフレーズの影響も大きいだろう。トラウマ(心的外傷)といえば,言葉こそ広く知られていても,その概念は難しく,触れるのは危険という印象を伴うものだった。「こころのケガ」という比喩は,トラウマがもたらすダメージを可視化するだけでなく,何より口にしやすい。さらに,トラウマによる影響という見えないものを認識するのに基本的なトラウマの知識が欠かせない点を「メガネ」という身近なツールに喩えたことで,認識や対応へのハードルが下げられた。アセスメントまではできなくとも,メガネを使えば「裸眼」で眺めるより解像度が上がる。対象者の言動にふりまわされて疲労困憊の支援者が打つ手がないと無力感に陥っていたなか,トラウマのメガネは現状打破をもたらすツールとして活用されつつある。少なくとも,打開策として期待されていることは間違いない。
支援現場の救世主のごとく現れたTICは,国際的には2000年代以降に北米を中心に広まってきた最先端のアプローチといえるが,行動の背景に着目し,「何かあるのでは?」という視点から理解することは,対人援助の基本であり,とりたてて新しいものではない。とはいえ,援助の原点に戻るだけでは進まない。TICは対人援助の原則に立ちながらも,従来の支援のあり方を根本から見直していくダイナミックな取り組みである。

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