特集 地域精神保健福祉の歩き方
暮らしと日常を支える専門家―地域生活定着支援のリアル
大嶋 栄子
1
1特定非営利活動法人リカバリー
pp.306-310
発行日 2025年5月10日
Published Date 2025/5/10
DOI https://doi.org/10.69291/cp25030306
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I 居場所をめぐる問い
日本の精神科病院は,多くが治療というより生活の場だ。私がソーシャルワーカーとして精神科病院に入職した1980年代の終わりは,「精神衛生法」が「精神保健法」へと転換する時期にあたる。当時は長い間,精神病の治療という名の下に社会生活から切り離された人たちが病院のなかに滞留していた。その数は30万人を超え,先進諸国のなかで際立って多数であること,また1984年の宇都宮病院事件をきっかけに,入院患者の多くが面会をはじめ外出や通信の自由を制限されていることなどが国連人権小委員会,また国際法律家委員会より人権侵害の恐れがあると勧告されるなどして,法律が改正された経緯がある(横倉,2017)。
私が精神科病院で最初に手がけた仕事は,先輩ワーカーたちと手分けし,法改正に伴って,400名を超える入院患者の書類を確認し,整理することだった。始めてみると,入院に伴う同意書が見つからない患者数は予想していたよりもずっと多かったのに驚いた。また,入院して5年以上が経過している患者がベッド数の60%を超えるという現実を前に,ここがもはや彼らにとって治療の場ではなくなっていることを痛感した。私が初めて担当したのは62床ある開放病棟だったが,いわゆる社会的入院と言われる,病状は安定しているものの地域社会に帰る先のない人たちが30人前後いた。統合失調症の急性期にある青年,摂食障害で医療的管理が必要な若年女性,場面緘黙があり学校でお手上げとされた思春期の子どもたちなど,病状の急変や治療方針をめぐり慌ただしくカンファレンスが行われる一群とは対照的に,一日の大半をベッドの上で過ごす“静かな”人たちだ。

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