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Ⅰ はじめに
私は,現在「塀の中」の心理職として働き,これまでに少年鑑別所,刑務所,少年刑務所,拘置所等の臨床現場を渡り歩いているが,この現場は「塀の中」ということもあって,あまり知られていない領域であるため,どんなことに葛藤し,どんなことが得られるのか,私の経験を通じて少し紹介できたらうれしい。
私は,臨床心理士指定大学院制度が始まった頃の世代で,大学院時代には心理療法に対する関心が高かったし,大学院修了後は,漠然と医療の方に進みたいと思っていて,非行・犯罪臨床には触れる機会もなかったし,正直少年鑑別所というものの役割や機能もほとんど知らなかった。大学院修了直後は,週に1日だけ精神科病院の非常勤職として働いていたが,週に1日のみの月給4万円という生活で,そのほかは大学院の図書館に居場所を見出していた。ハローワークなどで採用情報をチェックしていたかいもあって,児童相談所での心理判定員のアルバイトを見つけ,それから週4日の非常勤職員として働くようになった。そうして数年経った頃に,大学院の後輩の一人が少年鑑別所の心理技官として働くようになり,しかも公務員試験といっても,一般的な公務員試験とは違って,論文試験と面接試験だけで良いということを知った。これまでの貧乏生活を経験し,学費を出してくれていた親への申し訳なさ,そして,このままで良いのかといった戸惑いもあって,自分も法務省の「A種鑑別技官採用試験」を受けて,幸いにも合格した(現在は「法務省専門職員(人間科学・矯正専門職区分)」という試験制度に変わっている)。
こうして常勤職を得たものの,やはり心理療法やカウンセリングができてこそ一人前だという気持ちが強かったうえに,現在携わっている業務についても,アセスメントだけを行うということに物足りなさを感じ,「これは本当の臨床なのだろうか?」と自信を持てずにいた。つまり,今携わっている業務を「本物」ではないと否定し,その後ろめたさから,いつか立派な心理臨床家になることを夢見るような「純金コンプレックス」注1)を抱えていたのは間違いない。当初のプランではまずは5年程度働き,そのなかで,得られるものを身に付けられたら良いといった程度の気持ちで,強い思い入れなどは正直持っていなかった。しかし,滅多なことでは経験できない未知の世界のなかで,自分なりの面白さや不思議さを見出し,そして,ちょっとした自負を感じられるくらいに成長したことが,今も「塀の中」を歩き続けている理由なのかもしれない。
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