特集 「信じたい」という心理―心の病から陰謀論まで
正しさに依存するこころ―カルト
櫻井 義秀
1
1北海道大学文学研究院
pp.678-682
発行日 2024年11月10日
Published Date 2024/11/10
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I 正しさを信じる
人は自らの正しさを信じたがる。信じているのは,正しいことの中身ではなく,自分が正しい側にいるということである。正しい側にいる人々の中にいる限り,その確信が揺らぐことはない。
もっとも,その人間関係や集団の結束が緩み,外部からの情報にさらされるようになると,自らが正しい側にいなかったのではないかという疑念が生じてくる。不都合な事実や不利益も顕わになる。
誤りに気づいてだまされたと思うのは,いかなる組織でも末端・現場で辛酸をなめた人々である。自らの誤りに愕然として,なぜ間違ったのかを考え,新たな正しいことを探すのは管理職など中間層の人々である。指導者や幹部層は,戦略を間違えたことを反省しても誤ったとはつゆほども思わない。運がなかったと嘆きつつ,失敗は成功のもとくらいに考え,再び同じことを繰り返すのである。
戦前の日本帝国からオウム真理教のようなカルト団体に至るまで,人々が人生を賭けた集団にありがちなマインドセットがこれである。人々は国家や教団の行為や,その理念としてのイデオロギーや教説を信じたわけではない。中身を詳しく調べたりもしない。肝心なことは,自分が正しい側にいることの確認と安心だけなのだ。
このように考えてくると,カルト団体と社会集団,および国家に対する信頼に本質的な差異はない。私たちが多様な世界観や価値観を許容し,自分たちが正しくないかもしれないという正気を保つことは実に難しい。

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