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I スピリチュアルだが,宗教的ではない
昨年頃から“Spiritual But Not Religious(SBNR/スピリチュアルだが,宗教的ではない)”というコンセプトを,日本の大手広告代理店が掲げるようになった。この概念が実際どれくらい日本に波及するのか,私自身,関心を持って見ている。このSBNRが指すのは,特定の宗教には属していないが,精神的な価値を重視する,またそのために何らかの実践を行なっているという自己認識である。元々このSBNRという概念は,アメリカの出会い系サイトのプロフィール欄で,「私は無慈悲な無神論者ではないが,宗教的で道徳的な堅物でもなく,親切でフレンドリーなスピリチュアルである」ことを示すチェックボックスの名称だったと言われている(Kitchener, 2018)。2017年のピュー・リサーチセンターの調査データによると,アメリカ人の4人に1人がSBNRだと自己認識している(Lipka & Gecewicz, 2017)。
「スピリチュアル/スピリチュアリティ」は「霊(spirit/pneuma)」に由来し,キリスト教のなかでも重要な概念だった。この概念がアメリカ社会でここまで一般的になったのは,キリスト教の伝統と共に,1960年代から70年代に出現したニューエイジ・ムーブメントのおかげである。ニューエイジは,キリスト教のオルタナティブとして生まれた19世紀の超絶主義(Transcendentalism)の系譜に連なり,「自己変容」をコンセプトの中心に据え,東洋思想や神秘思想,オカルトやポップ心理学を雑多に取り込みながら展開し続けてきたアメリカ流ロマン主義だと言える。占いやチャネリングのような実践,アロマテラピーやホメオパシーのような疑似科学,さらには産業化されたオーガニック食品やヨガなどのフィットネス文化まで,この文化が網羅するジャンルは非常に広い。これらの文化の一部が,ファッション,食,美容などの領域で一般的に受け入れられた頃から,ニューエイジは「スピリチュアル」と呼ばれるようになり,SBNRのようにカジュアルに使われる概念になった。
日本とスピリチュアル/ニューエイジ文化の関係は複雑だ。確かに特定の宗教を信仰することなくさまざまな宗教行事を大事にする日本人はSBNRと相性が良さそうに見える。具体的なニューエイジ受容に関して言えば,日本人はニューエイジのオカルト的な部分を「精神世界」の名の下にサブカルチャーとして受容し,ファッション,食,美容の領域で一般化された部分は産業として受け入れて久しい。同時に,ニューエイジは一貫して米国の白人によって主導されており,日本文化は彼らにとって「スピリチュアル」なものとして消費されてきたという経緯がある。したがって日本でのSBNR提唱は,欧米人の視点で消費されてきた日本の精神文化を,日本人がどのように自分のものにできるのかという意味でも興味深い問題である。私見ではそれは簡単なことではない。ニューエイジはさまざまな文化を自分の論理へと換骨奪胎できる,柔軟かつしぶとい自己変容の思想だからだ。その一例として本稿では,SBNRの代表的な現象のひとつであり,近年アメリカでその有害性が注目されている「セラピー文化」を取り上げる。

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