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詳細を述べるとそれだけで相当な誌面を使うので割愛するが,これまでの研究成績から解糖系の中心酵素であるグリセルアルデヒド-3- リン酸脱水素酵素(GAPDH)がタンパク質の親電子修飾を制御している可能性があることがわかったのは2008年の夏だった.一連の研究は当研究室の三浦 高君が担当していた.とりわけGAPDHのRNAi実験の成果は魅力的で,我々の心を躍らせた.当時,Nature Chemical Biology誌に『内在性親電子物質8-nitro-cGMPによるタンパク質のS-グアニル化』を刊行し,親電子修飾分野のトップランナーとして知られていた熊本大学 赤池孝章教授に共同研究の打診をした.赤池先生はそれを快諾され,つくばを訪問されることになった.私は本結論に至る成果を順に紹介し,最後にGAPDHノックダウンの結果を披露した.もちろん名前は明かさずタンパク質Xとして.赤池先生はこの結果に大いに興味を持たれ,8-nitro-cGMPでも試してみたいと興奮されていた.タンパク質XがGAPDHである事実は,当日行われた酒宴のほろ酔い時期に暴露し,共同研究は始まった.しばらくして,大気中の親電子物質である1,2- ナフトキノン(1,2-NQ)で観察された結果と同じ現象が8-nitro-cGMPでも認められたという結果が届いた.内在性親電子物質でうまくいくなら,GAPDHにC(親電子物質の炭素原子)-S(システイン残基のイオウ原子)切断活性があるに違いないと狂信し,その実態解明に励んだ.ところが,精製したGAPDHを用いた実験で不可解な結果が見られ始め,熊本大でも同じ問題が生じていた.その原因は,siRNAによる非特異的な遺伝子発現抑制効果,俗に言う“オフターゲット効果”ではないかと考えるほうが正当と思われた.我々は複数のsiRNAプローブを試してその事実を確かめた.結果に程度の差はあるものの,大半はGAPDHをノックダウンしても1,2-NQによる細胞内タンパク質の親電子修飾は影響されず,8-nitro-cGMPでも同様であった.10種類近いsiRNAプローブを試しても,タンパク質の親電子修飾の増強効果が最も顕著に見られたのは,最初に購入したそれだった.これは神様のいたずらとも思える偶然であり,これまで費やしてきた時間を恨めしく思い,失望した.当事者である三浦君の落胆と羞恥の念は計り知れなかった.ところが赤池先生から「オフターゲットにせよ,細胞内のいずれかの遺伝子が親電子修飾を抑制的に制御しているのは間違いないから,丹念にsiRNAスクリーニングを続けよう」という激励の電話をもらった.
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