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この連載も数を重ねて9回目となった。最初の5回ではアルコール依存症をめぐる話題を取り上げ,その後3回にわたってアルコール依存症と関連の深い行動嗜癖や人間関係の問題について考えた。しめくくりにあたる今回と次回では,あらためて人はなぜ化学物質や行為に依存してしまうのかを議論し,依存からの回復には何が必要なのかを問い直してみたい。近年,「嗜癖の日常化」とでも呼ぶべき現象が起こっている。筆者がこの領域の研究を始めたころ,今から30年ほど前には「依存症」というと違法な薬物に手を出すこととほぼ同じ意味だった。したがってその対策は「世の中のルールを守る」態度をいかに育てるかにかかっていた。しかし,ここ10年ほどの間に依存の主な問題はアルコール,タバコ,ギャンブル,インターネットといった日常的なものに変わってきた。これらは少なくとも成人にとっては違法ではなく,これらにかかわりながらも,とりたてて問題を起こさず日常生活を送っている人は多い。その一方で,健康や生活が破壊されるほどのめりこんでしまう人もいる。その違いがどこから生まれるのかを考えてみなくてはならなくなった。筆者のように動物実験の現場で基礎研究を行ってきた者にとっては,人がアルコールのような化学物質に魅入られ,そのとりこになってしまうのはごく自然なことである。それは化学物質に固有の性質による。「薬物の自己投与」という実験を用いると,乱用や依存が問題になるような化学物質を動物は自発的に摂取することがわかる。ここには「心のあり方」は関係ない。心身ともに健康と自負する人でもアルコールのとりこになってしまうことはあり得る。しかし,動物実験の研究者も経験的に特にアルコールの場合は,摂取の状況に大きな個体差があることを知っていた。基礎研究者は伝統的に個体差を単なるノイズと考えてきたが,昨今はそうではなく,なぜそのような個体差が生まれるのかを探る研究の必要性が認識されるようになった1)。そこに「心のあり方」を生物学的に検討するカギがある。
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