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胃癌におけるH. pylori感染の重要性が証明され,胃癌が感染症であるという認識に至ったことは,上部消化器疾患の大きなパラダイムシフトであった。捉え方が大きく変化した疾患の代表として,MALTリンパ腫が挙げられる。除菌治療のエビデンスがなかったころは胃全摘になる症例もあったが,現在は除菌によって胃の全摘術が回避でき,生検組織診断分類でGroup 5だったものが,除菌だけでGroup 1に変わるというようなケースがある。非常に画期的な変化が起こったといえる。Tokyo Helicobacter pylori study groupを立ち上げて以降,除菌率の変化を長らく追っていたが,プロトンポンプ阻害薬(proton pump inhibitor:PPI)+クラリスロマイシンの一次除菌においては除菌率が徐々に低下してきた。これにはクラリスロマイシン耐性が関与しており,耐性は23S rRNAの領域の1,143-bpの部分変異で起こっていることが知られている。内視鏡を使わずにサンプルを採取できるよう,便中のDNAを解析する方法を開発するなどして研究を進めてきた。わが国のH. pylori感染率は1974年には70%に達していたところ,1984年には50%,そして1994年には39.3%,2008年には27%と,非常に速いスピードで減少している。胃炎に除菌治療が保険適用となって以降,約150万人が除菌治療を受けており,普及が進んでいる。世界保健機関(World Health Organization:WHO)からも,H. pyloriの除菌が胃癌対策の1つの戦略だという声明が出ている。今後はH. pylori未感染のグループが右上がりに多くなることが見込まれる。H. pylori除菌を行うと胃内の環境に大きな変化が生じることが知られている。H. pyloriがいる患者の胃液は,空腹時にはpH 6程度であるが,除菌後は食後でもpH 1程度となる。このため,かつては多かった消化性潰瘍がほとんどみられなくなった。除菌治療が普及する以前は,潰瘍は再発することが非常に多く,学会でも再発予防が重要な議題となっていた。H₂ブロッカーの維持療法やPPIのウィークエンドセラピーが提案されていたが,それらも過去のものとなった。厚生労働省の調査でも,胃潰瘍のピークは1996年頃であり,そこから激減してきた。十二指腸潰瘍の患者数も数万人程度まで減少した。昔の典型的な胃潰瘍や十二指腸潰瘍はあまりみられなくなり,代わりに非ステロイド性抗炎症薬(nonsteroidal anti-inflammatory drugs:NSAIDs)潰瘍やアスピリン潰瘍が多くみられるようになった。また,昔であれば炎症がないとして見逃されていた機能性ディスペプシアが診断されるようになり,患者の増加を受けてガイドラインが作成された。以上のように,この30年での環境の変化は非常に大きいといえる。
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