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「避妊」を人類がいつから意識しはじめたのか定かではないが,現在確認し得る最古の文献的資料は紀元前19世紀エジプトのカフーン「婦人科」パピルスとされており,そのなかには「アカシアの樹脂によって子宮口を塞ぐ」「蜂蜜とソーダ灰の混合物を腟内に入れる」「ワニの糞からできたペッサリーを腟内に入れる」などの奇天烈な記述があるそうだ.「涙ぐましい」という言葉さえ頭に浮かぶ内容であるが,一方で「授乳を継続する」など現代にも通用する記述もあり,興味が尽きない.時を経て産業革命期イギリスの経済学者マルサスは「幾何級数的に増加する人口と算術級数的に増加する食糧との差により人口過剰,すなわち貧困が発生する」と考え,有名な「人口論」(1798年)のなかで「人口は『抑圧的に』(=飢餓・疾病・戦争など),もしくは『予防的に』(=中絶・避妊・売春・晩婚・純潔など)抑制されなければならない」と説いた.避妊と並んで人口を抑制するための戦争という思想には驚愕する.19世紀後半にアメリカに生まれたマーガレット・サンガーは創世記1章の「産めよ,増えよ,地に満ちて地を従わせよ」に忠実な同時代人に激しく排斥されながら,現在のsexual and reproductive health and rightsの源流と考えられる産児制限(birth control)や家族計画(family planning/planned parenthood)の概念を広め,1937年に産児制限の合法化を勝ち取った.さらにアメリカでは1973年のRoe vs. Wade判決により人工妊娠中絶が合法化されたが,近年の急速な保守化によりこの判決が覆される州が多発し,今回の大統領選挙の重要な争点になったことは周知のとおりである.翻ってわが国では1948年に世界に先駆けて人工妊娠中絶が合法化され,その後海外に大きく遅れながらも低用量経口避妊薬(OC),緊急避妊薬(EC),手動真空吸引法(MVA)等が導入され,ついに経口妊娠中絶薬が承認されるに至った.史上類をみない少子化が進むわが国における「避妊」とは?「人工妊娠中絶」とは?世界中の個人と社会に「性とは何か」「生とは何か」という根源的な問いを投げかけながら,今なお歴史のなかに足跡を刻み続ける古くて新しいこの問題に,読者一人ひとりが自分なりの答えをみつけていただければ幸いである.
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