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病理診断は長らく形態学的評価に依拠してきた.とくに腫瘍病理では,核異型性や分裂像,組織構築といった形態的所見が診断と悪性度判定の基礎となってきた.しかし近年,分子病理学の進展により,見かけ上の類似性にもかかわらず,遺伝子変異やエピゲノム異常,発現プロファイルに基づく「分子亜型」の存在が明らかとなり,形態と分子の乖離(decoupling)が病理診断における新たな課題として認識されつつある.このような背景を踏まえ,形態像と分子データを統合的に扱うマルチモーダル病理AIの開発が進められている.ChenらによるPathomic FusionやPORPOISEは,HE染色像,RNA-seq,遺伝子変異プロファイルを統合する深層学習モデルであり,分子亜型や予後を高精度に予測可能である1,2).WangらのCHIEF(Clinical Histopathology Imaging Evaluation Foundation)は,形態画像のみからがん原発臓器の推定,TP53やCDH1,NRASなどの遺伝子変異予測,マイクロサテライト不安定性(microsatellite instability:MSI)の判定,生存予後層別化といった各種診断タスクにおいて,従来法を最大36.1%上回る性能を示した3).特筆すべきは,pixel-levelのアノテーションを要せず,スライド単位のラベルのみで関心領域(regions of interest)を自動抽出できる点であり,これにより病理画像の大規模活用と運用の効率化が可能となった.CHIEFは,形態画像から分子異常や予後情報を抽出しうる「形態と分子の接続」を実現する新たなAI基盤技術として注目され,今後はマルチモーダル統合によるがん診断支援や希少疾患,臨床意思決定支援への応用が期待される.一方で,腎疾患における病理は腫瘍病理と異なり,糸球体,尿細管,間質,血管など多層的な構造の横断的解析が必要であり,単純な細胞分類では病態を捉えきれない.この課題に対し,HölscherらはNGM(Next-Generation Morphometry)の概念を提唱し,FLASHとよばれるフレームワークにより腎組織構造の高精度セグメンテーションと定量化を実現した.抽出された形態特徴量(糸球体の非対称性,尿細管萎縮,間質拡大など)は推算糸球体濾過量(eGFR)や高血圧といった臨床指標と有意に相関し,IgA腎症の予後予測においては,Oxford分類に含まれない指標が独立因子となることが明らかにされた.また,糸球体単位でのクラスタリングや偽時系列解析(pseudotime analysis)により,疾患進展に伴う構造フェノタイプの多様性と連続性が可視化された4).本稿では,このNGM的アプローチとは異なり,組織構造の「空間的可視化」と「AIによる病変認識」に主眼を置いた筆者らの研究5)を紹介する.対象は,Ⅳ型コラーゲン遺伝子異常を背景とする遺伝性腎疾患アルポート症候群(Alport syndrome:AS)であり,分子異常による糸球体基底膜(細胞外マトリックス)の形態的特徴をAIによって読み解く新たな可能性について論じたい.
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