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はじめに
世界保健機関(WHO)が発行する国際疾病分類第11版ではchronic pain(慢性疼痛)分類が設定され,慢性の痛み自体が疾患であると位置づけられるようになった1)。さらに,痛みを疾患ととらえ,その病態解明と治療方針を考える際に生物医学的概念では痛みを理解するのに不十分であることから,生物心理社会的概念が提案されてきたことを反映し,痛みの定義が「組織の実質的ないしは潜在的な傷害と関連した,あるいはこのような傷害と関連して述べられる不快な感覚的,情動体験」(1979年)から「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する,あるいはそれに似た,感覚かつ情動の不快な体験」(2020年)2)へと国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain:IASP)により改訂された。この改訂では,痛みが感覚体験でありなおかつ情動体験であることの記載が強化された点がもっとも重要で,痛みには常に身体的苦痛と精神心理的苦痛が混在していることを理解し,そしてその双方を評価し治療対象とするべきであることが改めて注意喚起されたといえる。
このような痛みを取り巻く概念的理解の深化とともに,侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛とは異なる新しい痛みの病態として痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)がIASPより提唱されるに至った2)。痛覚変調性疼痛は「末梢神経終末上の侵害受容器の興奮を引き起こす実際の組織傷害あるいは組織傷害の危険性の明らかな証拠がない,あるいは,痛みを引き起こす体性感覚神経系の疾患や病変がないにもかかわらず生じる侵害受容の変調による痛み」と定義され,言い換えると侵害受容性疼痛(=末梢神経終末上の侵害受容器の興奮を引き起こす実際の組織傷害あるいは組織傷害の危険性によって生じる痛み)でもなく,神経障害性疼痛(=体性感覚神経系の疾患や病変によって生じる痛み)でもない痛みを指す病態であるといえる。
実際,温度格子錯覚性疼痛(thermal grill illusion pain)と呼ばれる非侵害温冷刺激によって誘発される痛みの存在が知られており,この痛みは痛覚変調性疼痛に該当する3)。この新しい病態として提案された痛覚変調性疼痛については,世界中でその病態の理解を深めるための議論が盛んに行われている最中であるが,麻酔科領域において痛覚変調性疼痛をどのように理解すべきか?の視点から概説する。
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