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はじめに:この領域のトピックス
神経障害性疼痛・侵害受容性疼痛の概念は整形外科医にとってはわかりやすく,かつその治療にも精通しているものと考えられる.しかし,痛覚変調性疼痛はどうであろうか,「痛覚」が「変調する」とはどういった意味なのかなど,さまざまな疑問があると思われる.痛覚変調性疼痛は2016年に国際疼痛学会が提唱し,第3の痛みのメカニズムの分類nociplastic painを2021年に日本痛み関連学会連合が公式日本語訳を発表したものである.「nociplastic」は「神経障害性でも侵害受容性でもない痛み」を表現する概念の造語である.Nociplastic painは,“pain that arises from altered nociception despite no clear evidence of actual or threatened tissue damage causing the activation of peripheral nociceptors or evidence for disease or lesion of the somatosensory system causing the pain” と定義されており,「医学的には痛みを生じるような証拠,損傷がないのにもかかわらず侵害刺激様の痛みを生じている」と直訳される.欧米でのmedically unexplained symptomsと同じ病態と考えられる.よくある誤解として,「心因性疼痛」,「心理社会的疼痛」が痛覚変調性疼痛にかわったのではないかと思われている.これに対しては日本痛み関連学会連合用語委員会委員長を務められた加藤総夫先生が明確に否定しており,「『心因性疼痛』という言葉は,『あなたの痛みの原因は心にあります』と明言することとなり,必要のない誤解を与え,病名や説明に納得していただいたうえですすめる医療行為に支障をきたすこともありえます.慎重さが必要になります.むしろ,心とか心の病気とか,そういういらぬ誤解で患者を苦しめないように,心とは無関係に,痛みの問題として痛みを説明すべきだ,ということも『痛覚変調性疼痛』の意図にはあったのではないか」1)と説明している.また,加藤総夫先生は「痛覚変調性疼痛の根幹機構である痛覚システムの可塑的変化が,たとえばストレスなどの『心理社会的因子』によって生じる,あるいはうながされるということは十分ありうることですので(可塑性はそのような適応的変化を可能にするメカニズムといってもよい),『心理社会的因子が可塑的変化を引き起こすことによって成立した痛覚変調性疼痛』というケースも多く見出されるはず」1)としており,痛覚変調性疼痛にも心理社会的影響が含まれている可能性も考慮すべきであると筆者は考えている.
また,痛覚変調性疼痛には線維筋痛症(FM)などの一次性慢性痛が含まれており,大部分の一次性慢性痛は痛覚変調性疼痛の条件を満たすサブグループに分類される.さらには関節リウマチや変形性関節症の痛みは侵害受容性疼痛から始まり,次第に痛覚変調性に移行していくことがしばしばあるとされており,本現象は,関節リウマチや変形性関節症(特に膝関節)において,炎症所見や関節所見と相関しない痛みの患者がいることからも理解されやすい.さらには筋骨格系の痛覚変調性疼痛を侵害受容性疼痛や神経障害性疼痛などから鑑別するグレーディングツールも報告されている2).一次性慢性痛とされるFM,複合性局所疼痛症候群(CRPS),過敏性腸症,筋骨格系または神経障害性に同定されない腰痛(非特異的慢性腰痛),慢性骨盤痛などには痛覚変調性疼痛が存在すると知られている.つまり,原因がはっきりしないさまざまな痛みが存在するという点を考慮して診療にあたってほしい.
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