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ゲノム編集(genome editing)とはzinc-finger nuclease(ZFN)やtranscription activator-like effector nuclease(TALEN)などの人工切断酵素やclustered regularly interspaced short palindromic repeats(CRISPR-Cas9)を用いてゲノムDNAを編集,遺伝子改変する技術である1,2).2013年に報告されたCRISPR-Cas9システムによるゲノム編集技術はレンサ球菌(Streptococcus pyogenes)が有するCas9タンパク質(SpCas9)およびそれと複合体を形成するガイドRNA[sgRNA][内在のCRISPR RNA(crRNA)とトランス活性型CRISPR RNA(tracrRNA)を融合させたキメラRNA]からなっている.sgRNAはゲノム上の20塩基を認識し,その3’側にSpCas9が認識する3塩基のPAM配列(5’-NGG-3’)が隣接しているとSpCas9とsgRNAの複合体によって標的配列の二重鎖切断が誘導される.これを利用してDNA上の狙った箇所をピンポイントで二重鎖切断することで遺伝子をノックアウトすることや,同時に相同組み換えを行うことで遺伝子をノックインすることが容易に可能となった.この技術はあらゆる動物や植物に適用できる汎用的な遺伝子操作技術であり,現在,CRISPR-Cas9を用いたゲノム編集による簡便,迅速かつ自由な遺伝子改変が急激に進展している.これまで,2014年5月にはマウス個体でのCRISPR-Cas9を用いた複数遺伝子のノックアウトや点突然変異のノックインが証明3)され,一方,CRISPR-Cas9を植物のゲノム編集にとりいれることで遺伝子改変による品種改良に成功している.また,霊長類(カニクイザル)の胚においても,遺伝子の改変に成功したとする報告4)もある.そして2015年4月にはヒト3前核胚(受精卵)に対するゲノム編集が報告5)された.このように,ゲノム編集技術はゲノム配列を迅速かつ正確に改変できるもっとも効率的なツールであり,ヒト体細胞や幹細胞,iPS細胞などにおける遺伝子修復への利用がすすめられている.さらにアデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus:AAV)を利用したin vivoにおけるゲノム編集も報告6)されたことから,これまで治療法のなかった遺伝性神経変性疾患に対する遺伝子治療の開発が期待されている.
しかしCRISPR-Cas9を用いたゲノム編集では,① Cas9の分子量が大きく,ウイルスベクターに挿入しづらい,② Cas9がPAM配列を認識しないとDNA切断が起こらないため,標的となるゲノム配列に制限がある,③ 標的配列(オンターゲット配列)の3’側はsgRNAによる認識が甘く,ミスマッチが許容されてしまうため,類似配列(オフターゲット配列)も切断されてしまうなどの問題がある.これらの問題に対して,例えば ① に対してはSpCas9より分子量が小さい黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)由来Cas9(SaCas9)を用いたゲノム編集法の開発が,② に対してはバクテリアごとに大きく異なる認識配列(PAM配列)の立体構造の解明がすすめられている.さらに ③ に対しては,オフターゲット配列の切断を避けるために,Cas9の変異体であるニッケース(DNA二本鎖ではなく,一本鎖を切断するCas9)を二つ用いることで配列特異性をあげるなど,問題解決に向けてさまざまな取り組みが行われている.
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