Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
- 参考文献 Reference
- サイト内被引用 Cited by
は じ め に
人工関節周囲感染症(periprosthetic joint infection:PJI)は,原因菌がインプラントおよび周囲の骨・軟部組織に広範なバイオフィルムを形成することが多く,抗菌薬の全身投与のみでは治療が困難であることが多い.そのため,治療としてはインプラントの抜去や,感染巣のデブリドマンと骨欠損部の再建を伴う人工股関節再置換術が必要となることが多く,2013年にはInfectious Disease Society for America(IDSA)より手術方法に関する指針がガイドラインとして出されている1).IDSAガイドラインでは,インプラントの弛みの有無だけでなく,感染の発症時期や原因菌の種類などを考慮して手術方法を決定することが推奨され,初回人工関節置換術後の手術部位感染(SSI)に起因するPJIや急性血行性PJIが,洗浄デブリドマンとインプラントの温存(débridment, antibiotic and implant retention:DAIR)が適応である.一方で,人工関節が生体骨に強固に固着された患者では,インプラントを抜去する場合に広範囲な骨欠損を生じる可能性があり,慢性PJIでもインプラントの抜去が困難であるPJIにおいては,インプラント温存が選択されることも少なくない.一方で慢性PJIではDAIRの成功率は低いことが報告されている2).従来行われるDAIRの問題点としては,セメントスペーサーに代表される局所の抗菌薬治療が行われない点があげられ,局所抗菌薬治療が併用されることでDAIRの治療成績の向上が期待される.
DAIR後に行われる全身抗菌薬の投与は,原因菌の最小発育阻止濃度(minimum inhibitory concentration:MIC)を指標として行われることが一般的である.しかしPJI例では,全身抗菌薬の投与によりMICが達成されているはずの症例で,感染の再燃を認める症例を多く認める.これはインプラント周囲の感染巣に形成されたバイオフィルムが,抗菌薬や免疫細胞から内部の細菌を保護する作用を有し3),バイオフィルムの破壊に必要な濃度の抗菌薬[最小バイオフィルム破壊濃度(minimum biofilm eradication concentration:MBEC)]が感染巣に到達されていないためである4).MBECを達成するには,MICより100倍以上高濃度の抗菌薬が必要なため,抗菌薬の全身投与によりPJIの感染巣に存在するバイオフィルムを破壊することは困難であり4),そのため,慢性PJIの治療では,インプラントに弛みを認めない症例でも,インプラントの除去や骨・軟部組織の広範囲なデブリドマンが一般的に行われる1).外科的デブリドマンはもっとも強力にバイオフィルムの破壊が可能であるが,インプラント周囲だけでなく骨髄内や軟部組織内に広範に広がったバイオフィルムを完全に切除することは困難であり,広範囲な外科的デブリドマンは機能的な損失を大きくすることが懸念される.そのため組織の損失を最小限にしてバイオフィルムを破壊できるような局所抗菌薬治療がDAIRにおいて有用であると期待できるが,DAIRの手技では抗菌薬含有スペーサーを留置するスペースがないため,DAIRにおいて局所抗菌薬治療が行われることはほとんどない.
持続抗菌薬灌流(continuous local antibiotic perfusion:CLAP)は高濃度の抗菌薬を骨髄内(intra-medullary antibiotics perfusion:iMAP)または軟部組織(intra-soft tissue antibiotics perfusion:iSAP)や関節内(intra-joint antibiotics perfusion:iJAP)に低流量で灌流する新規の治療法であり5~9),本法では持続的に高濃度の抗菌薬を感染巣に曝露させることで,バイオフィルムの破壊に必要なMBECを局所で達成することが可能とされ4,5),PJI治療で重要な局所でのバイオフィルムの破壊が可能となる可能性が示唆されている3,10,11).
インプラント感染の治療において,局所の抗菌薬治療の重要性は以前から認識されている3).一方で,抗菌薬含有セメントに代表される局所抗菌薬治療は,DAIRに使用することは困難であり,DAIRでは,抗菌薬は主に全身投与でのみ使用されてきた.本稿では,われわれがインプラント温存時に行っている術前検査や感染巣の範囲の同定,デブリドマンおよびDAIR時のCLAPを用いた局所の抗菌薬治療について述べる.
© Nankodo Co., Ltd., 2022