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NMRは核磁気共鳴法(nuclear magnetic resonance)の頭文字を並べたものです.「原子核を磁場の中に置くと共鳴現象を起こす」ことを簡潔に表しています.理系の方ならNMRに関する大学の授業を必ず受けたことがあるはずです.でも,何やら難しそうなのでできれば避けて通りたいところでしょう.しかし,NMR現象に関係するノーベル賞が過去5 回も出ていることからもわかるように,NMRは物理,化学,生物,医学の広い範囲にわたる分野で使われる優れた測定法であり,NMRなくしては成り立たない研究分野がたくさんあります.NMR現象を少し詳しく説明すると,「水溶液あるいは粉末などの形態の化合物を磁場の中に置くと,その化合物を構成する原子の中にある原子核が電磁波と相互作用する」現象です.原子核は自転していて小さな磁石と見なせるので,磁場と相互作用するのは理にかなっています.原子核1 つの磁石の強さはたかが知れていますが,物質全体で足し合わされると検出可能な巨視的な磁化となります.磁化の大きさや方向が時間変化すると,試料の周囲に配置したコイルに電磁誘導の原理で起電力が発生し,NMRシグナルとして観測できる仕組みです.この磁場中の原子核-電磁波相互作用を利用すると,原子核のスピンと呼ばれる量子状態を自由に操作することができ,原子核の周囲の電子の状態や原子核同士の関係を詳しく調べることができます……と,ここまでどうにか読んではきたけれど,そろそろ読み飛ばそうと思ったあなたはきわめて正常です.NMRの理解には量子力学的な記述を必要とします.スピン量子数,コヒーレンス,緩和時間などの難解な物理用語や,実際に使う段になるとフーリエ変換やパルスプログラミングなどの実務的な知識も必要になります.最近ではNMR測定も次第にワンクリック実験になりつつありますが,それでも,それなりの専門知識が必要とされます.バイオの世界におけるNMRの永遠のライバル・X線結晶解析法も,本当に理解するには結晶によるX線の回折現象という物理の世界に行って帰ってくる必要があります.そこでは空間群という数学も必要です.しかし,数学的枠組みがしっかりしていることが幸いして,非常に良くできた解析計算プログラムが利用でき,難しいことをほとんど全部面倒を看てくれます.X線結晶解析法の直接の結果は電子密度なのですが,最終結果は原子の(x,y,z)座標というわかりやすい形で表現されるために,生命系研究者にとって非常に理解しやすくなっています.
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