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はじめに
私の専門領域のひとつである骨学研究の歴史は古く,すでに古代ギリシャ時代のヒポクラテス(Hippocrates:BC 460〜377年)は骨の形態に関して,長骨と扁平骨とを分け,骨体,骨髄,骨膜などの部分を識別し,さらに頭蓋骨において板間層や縫合の存在を確認している.いわば今日の骨学の最も基本的な構造を確立しているのである.一方,考古学の研究の歴史もまた古いであろう.それは自分自身を含むヒトの過去や歴史を(発掘された)直接資料によって知ろうとするのは,「ヒト」“Homo sapiens”の学名の如く,知恵と興味の探究者としての本質だからである.
骨は硬組織であり保存がよく,考古学的遺物として残りやすいという特徴がある.発掘された人骨資料を丹念に観察してみると,いわゆる全く正常な骨というものは意外と少ないことに気が付く.多かれ少なかれ正常ではない(異常あるいは病理学的な)変化を伴なっているのである.多くの場合,微妙な変化は病理学的変化というよりも変異として処理されているが,明らかにはっきりとした異常を示す病的な骨については,これまで多くの研究者の注目を引いてきたことは確かである.このような病的変化を示す古人骨を研究対象として,鑑別診断を含めてその病理学的診断や疫学的分析,さらに古代の人々(集団)での全体的な健康状態や疾病状況を明らかにするのが「古病理学」(Palaeopathology)と呼ばれる研究分野である.古病理学では,過去の人々の遺した骨という,いわば彼等の身体そのものであり,その身体に生じた病気の直接的な資料と証拠を研究対象とする.従って古病理学は確実に病変を証明し,診断し,その影響を個人レベルでも社会レベルでも解明してゆくことの可能な唯一の研究方法といっても過言ではない.
我が国での学問的体系としての古病理学の歴史も考古学同様,明治時代に遡ることができる.古病理学研究は明治20年代に小金井良精(1856〜1944年)が北海道出土のアイヌ人骨格資料に見い出された骨折などの病変を記載したことをその嚆矢とする.さらに昭和に入り清野謙次は彼自身が発掘した大量の人骨資料(主として石器時代)における様々な病変人骨について総合的に古病理学的研究を行い数多くの古病理学に特化した論文を発表している.
第二次世界大戦後,考古学同様,古病理学もまた新しい方法論や診断技術の進歩を背景として著しく発展してきた.特に1990年代以降は日本人の成立や健康変動における感染症の影響などの研究が大きく進展している.本稿では特に日本人の成立に少なからぬ影響を及ぼしたとされる感染症,なかでも結核についての最近の研究成果について紹介することにする.
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