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―講習会などで,先生の技を受けた人からの「どうしてそんなことができるのですか」という質問に対して,先生が「身体感覚を高めること」と答えられていたことが印象的でした.身体感覚や感受性といったものは,看護でも非常に重要なことだと私は考えてきたのですが,医療場面での身体感覚の必要性について,先生はどのようにとらえていますか?
甲野 今の医療は専門分化が進み,いわゆる「お医者さん」とか「看護婦さん」の登場場面は限りなく少なくなってきているのではないでしょうか.つまり,診断とか,処方などの多くが専門家まかせになり,トータルに患者さんをみるという役割が薄れてきているように思うのです.
でも本来なら,そういう状況だからこそ,患者さんとのやりとりのなかの,微細な部分に医療専門職の役割が出てくると思うのです.たとえば,同じ「大丈夫,たいしたことないですよ」という言葉でも,その言葉でほっとして,良くなってしまう人もいれば,「私の病気はそんな軽いものじゃない!」と怒り出してしまう人もいるかもしれません.そうした場の空気を敏感に感じとるのが身体感覚だと思いますし,それをもとにした判断を行なってこそ,医師や看護師は「専門職」といえるのではないでしょうか.
―医療が専門・高度化するなかで,そうした身体感覚が失われてきているということでしょうか.
甲野 医療の世界で,というよりは,全般的に失われてきているのではないですか.
招かれて行ったある大学の先生の話では,柔軟体操をしましょう,では2人1組になって…と声をかけると,誰ともペアになれない人が何人も出るそうです.「売れ残り」は本来1人のはずなのに,たくさん生じてしまう.これはつまり,目の前の人と,その場で即興でコミュニケーションをとる,ということが全体的にできなくなってきているのだと思いました.
そういう,状況を察知して,パッと次のことを考える能力というのは,あらゆる職業や生活に求められる基本的なものでしょう.
医師にしても看護師にしても同じで,そうした基本的な能力がないのに専門的な知識をつけたってしょうがないと思いますよ.逆に,専門知識があまりなくても,いろんな場面で臨機応変に対応できる人のほうが現場では役に立つ,ということは,おおっぴらには言わなくても,皆ほんとうはわかっていることじゃないですか.そういう意味では,知識を中心に教育してからはじめて現場に出すという,今の教育システムには疑問がありますね.
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