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新型コロナウイルス感染の第2波が襲来し,コロナ禍の収まりのみえない現在,やはり人類は古来から戦ってきた感染症とともに歩む運命にあることを痛感いたします.世界中の隅々まで(アマゾンの先住民の集落まで)にあっという間にこのウイルスが広まったことは,国境は存在しますが,人の行き来から考えれば,世界はもはやひとつの運命共同体であると認識せねばなりません.世界中で多数の新型コロナの犠牲者が出ておりますが,その中で日本における死亡率の低さが報道されており,その原因として,武漢からの新型コロナウイルスが襲来する以前に,弱毒の新型コロナウイルスが日本には到来しており,それにより免疫を獲得していたためとの説があります.中国や韓国でも死亡率が低いのは同じ理由によるとのことです.ピューリッツァー賞を受賞したジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』1)には,文明が成熟し都市で集団生活をした旧大陸人が,初めて新大陸へ到来したとき,侵入した天然痘などの病原菌によりネイティブアメリカンはその多くが,戦争となる以前に死に追いやられていた……との説が書かれており,衝撃を受けました.農耕文明を確立し,天然痘など家畜由来の病原菌に曝露していた旧大陸人はすでに免疫を獲得しており,新大陸人は初めて出会う細菌に免疫力がなく戦争となる前にその人口を減らしてしまっていたというのです.また,穀物などの農作の伝搬しやすい気候が似た緯度で東西に広がるユーラシア大陸と違い,緯度が異なる南北に広がるアメリカ大陸では農耕社会が広がりにくく,またアメリカ大陸には馬などの家畜になり得る大型哺乳類がいなかったことなど(アルパカしかいない)が,旧大陸人と新大陸人が出会ったときの決定的な差となったということです.この説も非常に興味深いものです.最初に新大陸に上陸した銃をもち馬を駆った少数のスペイン人が一気にインカ帝国を負かしたのは,人種の能力の違いでなく育まれた環境の違いが原因であるというのです.興味のある方は是非本編をご一読下さい.世界の不均等を大陸間の環境の違いから論じた驚異の文明論です.天然痘はワクチンで撲滅できましたが,今回も新型コロナに対するワクチンができるか,あるいは防疫を心がけた生活による緩やかな蔓延によってでも集団免疫を獲得することで世界中の人々が免疫を獲得し,このコロナ禍が一刻でも早く収束することを願うのみです.
さて,脊椎疾患も感染症との戦いです.本邦も以前はアジアの国々と同じように結核が珍しい病気ではなかったのです.司馬遼太郎著『街道をゆく36本所深川散歩,神田界隈』2)で書かれていますが,野球を命名したといわれる明治の俳人,正岡子規は結核,脊椎カリエスを患い,非常につらい晩年を送ったようです.7年間病床にありながら執筆や後進の指導にあたり,「みな弁当を持参して子規の病床のまわりに座る.…(中略)…背中に穴があいていて,膿が流れている.律(妹)が繃帯を替え,そのつど子規が痛みのために叫ぶ.『この痛みは,痛い痛いと叫ぶより道がない.かうなると神も仏もない』と言いつつも,座にいる者に帰れとは言わない」と,その悲惨な病状の中,後進を指導されたことが書かれています.以前の脊椎カリエスの治療は,ギプスベッドでの安静を強いる保存的加療が主体でした.若い頃に研修した病院ではその技が残っており,先輩が化膿生脊椎炎の高齢者をギプスベッドで加療されているのを見た経験があります.皆さんも最近は石膏のギプスはもうあまり使われないかと思いますが,その2裂,3裂などのサイズはギプスベッド用の幅広いギプスが1裂であり,これを2分,3分したサイズということを先輩に教えていただき感心したのを覚えています.昔は患者用につくったギプスベッドが干されて屋外にずらりと並んだものだと部長はおっしゃっていました.脊椎感染症を脊柱の不安定性を残したまま保存加療することは,患者に長期の安静臥床を強いることとなり,大変な治療だったと思います.脊椎脊髄病学会アジアトラベリングフェローでは,ベトナムのHospital for Traumatology & Orthopaedics Ho Chi Minh CityのVo Van Thanh教授にご指導いただきました.ベトナムは今でも結核が多く,同院では脊椎カリエスの手術が1日2例などたくさん行われていました.後方からの椎弓根スクリューとインストゥルメンテーションを用いた固定術と腸骨を用いた前方固定術が,側臥位のまま同時に行われていました.イメージなしでの確実な手技には感服しました.化膿性脊椎炎に対しても,インストゥルメンテーションを用いた固定術や,さらに病巣内へのチタンメッシュケージを用いた固定術も世界的には積極的に用いられるようになっています.最近では,前方インストゥルメンテーションとケージを用いた前方固定術の論文もあります.世界中の論文に勇気をもらい,われわれは2013年以来,化膿性脊椎炎に対してチタンメッシュケージを用いた脊柱再建術を行ってきました.特に抗生物質の治療で炎症は鎮静化傾向にあっても骨破壊が強く不安定性が残存し,疼痛が改善しない症例が,よい脊柱再建術の適応と思われます.最初の症例は自家骨を用いた前方固定術後に移植骨が吸収され,不安定性が残存し治療に難渋した症例です.この症例に経皮的椎弓根スクリューを用いた後方固定術の後に,前方にチタンメッシュケージによる前方固定術を行いました.塊椎となり治癒し1年後に抜釘しました.その後,計12例15病変に行い英語論文としてまとめました3).全例椎間は癒合し治癒しました.罹患高位での感染の増悪,再燃はありません.後方からPEEKケージを使用した病変も含まれます.また,急性の脊髄麻痺があり急性期に一期的に固定した症例も含まれます.世界各国と同じような良好な成績を本邦からも発信できたと自負しております.いまだに否定的なご意見もいただきますが,脊椎感染症の治療において脊柱の安定性を得ることが,感染の鎮静化と骨癒合による治癒を導くために重要と考えています.関節可動域を温存する必要がある人工関節術後の感染などとは,病態,体内環境が異なると思われます.令和の現代,インストゥルメンテーションと確実な安定化をもたらすチタンメッシュケージを使用した再建術は,脊椎感染症患者に長期臥床を強いることなく早期離床,早期治癒をもたらす現代の脊椎外科の真髄の1つといえるのではないでしょうか.
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