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はじめに
脊髄損傷の年間発生件数は約6千人,罹患者数は15万人といわれている.その要因は交通事故や転落,スポーツ外傷などで,若年層に比較的好発するものの,近年では高齢者の転倒などの軽微な外傷を契機としたものが増加している.不可逆性変化を生じた脊髄神経に対する根本的治療法に確立されたものはなく,治療の主体はリハビリテーション(リハ)に依らざるを得ない部分がある.
新たな治療法の開発を目指して病態の解明が進められており,損傷後の時期特異性が明らかになっている.すなわち,急性期には外力による一次性の機械損傷に引き続き,さまざまな炎症反応カスケードの賦活による自己崩壊的な二次損傷が進行する.二次損傷は,急性期,亜急性期,慢性期に大別され,各ステージによって病態は大きく変化していく.急性期は損傷局所での炎症反応の高さから,移植細胞にとっても過酷な時期であるため移植効果は高くなく,細胞治療単独ではなくてgranulocyte-colony stimulating factor(G-CSF)や肝細胞増殖因子(hepatocyte growth factor:HGF)などとの併用療法が注目を集めている.続く亜急性期は炎症反応が収束し,内因性の神経栄養因子の発現が増加する一方で,治療抵抗性のグリア瘢痕が形成される前であることから,細胞移植に至適な時期であるとされ,げっ歯類では受傷1〜2週間後,ヒトの場合は受傷2〜4週間後と考えられている13).
本稿で主題とする慢性期脊髄損傷は,通常臨床でも機能回復が頭打ちに達することが知られるが,再生医療においても損傷脊髄の治療抵抗性が大きな問題となり,神経前駆細胞の脊髄内注入モデルの研究では,細胞移植単独での運動機能回復は期待できないことが多くの研究グループから報告されている12).運動機能以外に,自律神経系,感覚機能なども治療標的となるものの,運動機能に比べるともともと研究数が少なく,慢性期に限ればほとんど研究が進んでいないといってよい.いうまでもなく後遺症に苦しむ患者の大多数は慢性期にあり,この問題の解決はわれわれの悲願である.
さて,われわれの研究室ではiPS細胞由来神経前駆細胞の脊髄内注入モデルに着目して研究を進めているが,細胞治療にはさまざまな細胞種をさまざまな経路で移植する方法が開発されており,慢性期脊髄損傷を対象とした再生医療も一部臨床研究まで実施されている.たとえば本邦では,大阪大学脳神経外科を中心として,慢性期完全麻痺患者に対する自家嗅粘膜移植のphase Ⅱa研究が,先進医療として行われている.この方法は瘢痕組織の除去と嗅粘膜上皮組織移植からなるもので,ポルトガルや中国のグループが同じ手法による研究結果を報告している.このほかにも慢性期脊髄損傷治療を目指した間葉系幹細胞,神経幹細胞,神経グラフトなどを用いた臨床研究報告があるので紹介したい.
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