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世界的に広がるIT(情報技術)社会の中で,最近コンテンツ(Content)という言葉を耳にする機会が多い.その意味は中身,内容と訳されるが,映画や音楽などの著作物というニュアンスで使われる場合も多く,そこには芸術家の創造的産物あるいは人間の英知の結集という意味合いも込められているといえる.したがって,Contentは単なる箱の中身という解釈を超え,容易に侵害されることなく堅牢に守られるべき宝物と言い換えることもできる.一方,Containerは容器,入れ物と訳されるが,Contentを運ぶキャリアという意味も包含しており,格納性と機能性が要求される.
人間の脊椎ユニットにおけるContentといえば,脊髄や神経根といった神経組織が該当する.脳脊髄液や血管系もContentに含まれるが,構造物として最も守られなければならない宝物は脊髄と神経根であろう.解剖学的見地からも,これらは身体の最深部にあって外敵から守られている重要臓器であることは疑う余地がない.このお宝を守るContainerの役割を果たしているのが,椎体・椎間板・靭帯・椎弓・椎間関節などの脊椎支持構成体である.これらは長期間にわたり身を挺してContentを守っているが,加齢による変性・変形から逃れることはできない.特に椎間板は血流が乏しくて自己修復能がほとんどないため,継時的に退行変性が進む.その影響は椎間板のみに留まらず,靭帯の肥厚や骨棘形成,椎間関節の軟骨変性など,他のContainer構成要素にも一連の変化をもたらす.このContainerには豊富な侵害受容器が分布しており,Containerに相応のダメージが加われば通常は痛みや不快感を生じる.その結果,多くの患者が頸部痛や腰痛,あるいは肩こりといった侵害受容性疼痛を初発症状として医療機関を受診することになる.そこではX線撮影やCT,MRIがオーダーされ,これらの画像情報からContainerの形態的な異常を探ることになる.そもそも,医療における画像診断は1895年にレントゲンが初めて手のX線撮影に成功したことに端を発するが,それ以後の1世紀以上にわたるさまざまな研究と経験の積み重ねは画像診断技術の目覚ましい進歩をもたらした.今日では,人体深部の構造を詳細かつ迅速に可視化できるようになり,その恩恵はさまざまな分野の医学の発展に寄与してきた.脊椎医療の分野でも,これらの画像診断技術がなければ今日の診断や治療は成り立たないといっても過言ではない.そのため,医療現場の最前線にいるわれわれの目が真っ先にこれら画像所見に向かってしまうのもやむを得ないのかもしれない.特に,スピードと効率性を要求される時代に育った若い世代では,患者の顔を見る前に画像に食いつく医師も少なくないように思われる.そのため,“患者の顔は思い出せないが,画像所見は詳しく説明できる”と誇示する臨床医が増えている.脊椎外科の分野でいえば,最近注目されているglobal balanceの概念は時代のトレンドとなり,学会場ではさまざまなパラメーターや公式が飛び交っている.これらの研究は,Containerとしての脊椎の形態的異常を的確に捉え,さらに治療の目標を設定しやすくしている点で非常に重要な役割を果たしている.しかし,あまりにもContainer側の情報にばかり執着してはいないだろうか? 昨今の学会や研究会でのトピックスをみると,脊椎ユニットのもう1つの要素であるContentのほうが置き去りにされているように感じられて仕方がない.もちろん,今現在もContentの研究に多くの労力が注がれていることは承知している.脳・脊髄機能を可視化するfMRI,神経線維束を描出するDTI,あるいは新たな電気生理学的診断技術や神経伝達物質の研究など,中枢神経の機能を解明しようとする試みは今日も続いている.われわれの夢ともいえる脊髄再生の研究もしかりである.しかし,これらの研究は一部の先鋭的な研究者に委ねられているのが実情で,臨床の最前線にいる多くの医療者の目はContent側よりもContainer側に向けられているように感じる.病院内でのカンファランスや地域の研究会での症例検討会では,スクリーンに提示された画像所見に関する議論に終始し,Content側の情報は軽視されがちである.そもそも脊椎疾患の多くでは,Container側の損傷に引き続いてContentにダメージが波及すると,さまざまなサイン(神経症候)を発してわれわれに警報を届けてくれる.この貴重な情報は,スクリーンに映し出された画像からは読み取れない.それを抽出できるか否かは,患者との接点にいる医療者の技量と熱意に依存する.効率化が重視される今日の医療現場においては,われわれ臨床医が1人の患者に費やすエネルギーと時間には限界があるかもしれない.だとすると,さまざまな画像所見から得られるContainer側の情報に振り回され,Content側の情報が疎んじられてしまう危険がある.それは,人体にとって最も大切に守られるべき中枢神経機能を軽視することにつながり,われわれの本来の目的であるContentを守るという目的から遠ざかることになりかねない.
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