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物語としての歴史
戦前の日本では教育科目として「世界史」はなく,国史,東洋史,西洋史といった区分だった.そのためか,この連載の初回に紹介したH. G. ウェルズの『世界文化史(The Outline of History)』は日本人の歴史観にも大きな影響を与えたようである.初版は1920年で1冊にまとめられていた.その後たびたび訂正,加筆により改訂を重ね,1930年の改訂版で一段落した.改訂作業の流れで世界の活動状態を完全に概観するため,「生命の科学(The Science of Life)」(1930年)と「労働・富・幸福(The Work, Wealth and Happiness of Mankind)」(1931年)を制作出版した.前者はジュリアン・ハクスリー(Julian Sorell Huxley:1887~1975)らの協力により,後者はジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes:1883~1946)らの協力を得て執筆されたものである.ジュリアン・ハクスリーはウェルズが生物学を学んだトマス・ハクスリー(Thomas Henry Huxley:1825~1895)の孫で,いずれも進化論で名高い生物学者である.しかし,『世界文化史』の描くヒューマニズムやユートピア(戦争のない平和な世界国家)が両極の有識者から忌避されたようで,特に政府からは危険視され,関連する大作は心ある人々の書架に空しく埋もれたままとなった.なお,英語の表題はThe Outline of Historyであり,藤本良造氏は「世界文化史」と訳したが,直訳するなら「歴史概論」であろう(図1).初期の版は昭和2年(1927年)に北川三郎の訳で『ウェルズ世界文化史大系』(大鐙閣)と題して出版されている.
歴史は文学ではないというが,古来ツキジデス,司馬遷以来文学でない歴史はないと,訳者の藤本氏は述べている.しかし,日本では文学という学問があり,科学の一端を担うようにも受け取れる.英語のliteratureとはニュアンスが異なる.いわゆる人文科学である文学は自然科学とは異なる方法論が求められる領域であろう.医療は医科学を基盤とするが,対人サービス業としてコミュニケーション技術や倫理も必須である.厳密に言えば社会学と社会科学とは異なるように,グローバル化の時代に日本語は各自の活動する分野が異なると概念共有が危うくなりつつあるように感じる.それはIT革命と呼ばれるコミュニケーションにおける変革の時代の幕が開いたことで,日本語だけの問題にはとどまらないかもしれない.その結果,言語に関して世界の人々は寛大になりつつあるようで,英語で話をしても相手の努力と寛容を昔以上に感じる.
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