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脂肪組織は生体の栄養状態に応じて伸縮自在の神秘的な組織だが,指でつまめる皮下脂肪は最も身近な臓器でもある。1994年のレプチンの発見を端緒として,脂肪組織が単なるエネルギー貯蔵臓器ではなく,全身の栄養状態と様々な生体機能をリンクする内分泌器官として認識されるようになった。2000年代には,内臓脂肪蓄積が様々な疾患の高リスク群であるという“メタボリックシンドローム”の概念が確立され,医療現場では特定健診・特定保健指導として社会実装された。もっぱら美容上の観点より関心が持たれていた脂肪組織が医療・医学の主役に躍り出たのである。本年はレプチン発見から30年になり,脂肪組織を取り巻く研究領域“アディポサイエンス”は,専門性を問わず多くの研究者が参入する医学・生物学研究のプラットフォームとして学際的な様相を呈している。
見かけ上,脂肪組織の大部分を占める実質細胞は単胞性の脂肪滴を有する成熟脂肪細胞であるが,2003年に肥満の脂肪組織においてマクロファージ浸潤が報告されて以来,炎症・免疫細胞,血管内皮細胞,線維芽細胞などの間質細胞が注目されてきた。シングルセルトランスクリプトーム解析や空間トランスクリプトーム解析,あるいは最新のイメージング技術により,肥満の進展過程では脂肪細胞と様々な間質細胞の相互作用が時々刻々と変化し,脂肪細胞の肥大化に伴って炎症細胞の浸潤から細胞老化・細胞死,炎症の慢性化,そして線維化へと複雑な組織リモデリングを呈することが明らかになった。一連の経時変化は脂肪組織局所のエネルギー過剰状態に対する恒常性維持機構の破綻病態と考えられ,肥満に伴って脂肪組織は量・質ともにダイナミックに変化するのである。
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