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古代ギリシャの時代,動脈と静脈には別々の血液が流れており,肝臓でつくられた血液が体中に一方向性に広がって,末梢で組織の成分に“同化”されると考えられていた。この考えは,英国の医学者ウィリアム・ハーヴェイ(William Harvey, 1578-1657)が1628年に著した『動物の心臓ならびに血液の運動に関する解剖学的研究』において血液循環説が提唱されるまで信じられてきた。この発見が近代実証医学の先駆けとなり,医学の世界にパラダイムシフトをもたらしたことは周知のとおりである。一方,リンパ管の存在はやはり古代ギリシャの時代から,“乳び状の液体”を含む管として認知されていたが,ハーヴェイとほぼ同時代に,腸間膜の乳び管から胸管を経由して鎖骨下静脈に至る脈管系が次々と明らかにされ,デンマークの医学者でハーヴェイと同じくイタリアのパドゥア大学に学んだトマス・バルトリン(Thomas Bartholin, 1616-1680)によって“リンパ管(vasa lymphatica)”と名づけられた。以後,顕微鏡の発明により毛細血管や微小リンパ管を介した微小循環系の存在が証明され,生化学・分子生物学の発展などによってその機能や分子実体の解明が進み,現在に至っている。まさに,近代医学をその先頭に立って切り拓いてきた分野である。
一方,臨床医学においては,血管・リンパ管が様々な疾患に関与することは言うまでもない。冠動脈疾患をはじめとする心疾患や脳血管疾患は悪性腫瘍に次いで日本人の主要な死因となっているし,死因の第1位である悪性腫瘍においても,腫瘍血管新生や転移(血行性およびリンパ行性)においてその病態に深く関与している。更に,代謝性疾患や老化をはじめ,全身の恒常性の破綻による様々な病態には,血管障害やリンパ管障害,血管由来の様々な因子が深く関わり,治療や予防の標的となっている。
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