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細胞内での生命現象は,細胞内のシグナル伝達経路にみられるように,細胞内の様々な種類の化学物質が複雑に化学反応を起こして細胞内の情報伝達を担うことで,維持されている。シグナル伝達経路に代表されるような各化学物質が相互に反応し合う複雑な構造は,化学反応のネットワークとして表現することが可能である。この複雑な化学反応の構造に関する数学は化学反応ネットワーク理論1)(chemical reaction networks theory)と呼ばれ,1970年代以降に大きく発展してきた。一般に溶媒中の化学物質の濃度の時間発展のダイナミクスは,ゆらぎの影響を無視できる粗視化した状況においては,決定論的なレート方程式で記述されることが知られている。よって,決定論的なレート方程式によるダイナミクスは,化学反応ネットワーク理論のメイントピックの一つになっている。そして,レート方程式で記述される複雑な化学反応ダイナミクスを扱うことができるため,化学反応ネットワーク理論は細胞内のシグナル伝達に適した理論とみなされている。そのため,システム生物学や生物物理学の分野でも,化学反応ネットワーク理論が近年応用されつつある。
一方で,細胞内におけるゆらぐ化学反応に関する熱力学の研究が近年盛んに行われ,シグナル伝達系への応用にも注目が集まっている。このことは,21世紀に入ってからの確率過程上での熱力学であるゆらぐ系の熱力学2)(stochastic thermodynamics)の理論的な発展によって,細胞内の非平衡な環境下で起きる化学反応の熱力学的な性質が議論可能になってきたことが背景にある。そして更に,化学反応ネットワーク理論とゆらぐ系の熱力学の理論が,化学熱力学の名のもとで結びつきつつある。レート方程式で記述される化学反応ネットワーク上での化学熱力学の理論が,ゆらぐ系の熱力学のアナロジーの視点から見直され,化学熱力学のダイナミクスの理論が整理されてきている3,4)。
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