連載 介護することば 介護するからだ 細馬先生の観察日記・第7回
歌と語りのあいだ
細馬 宏通
1
1滋賀県立大学人間文化学部
pp.162-163
発行日 2012年2月15日
Published Date 2012/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1688102119
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秋の昼下がり、阪急電車に乗っていたら、ひとつ向こうのドアの前からコーラスが聞こえ始めた。女子中学生が3人、楽しげにクラシックの曲をハモっている。合唱の練習だろうか。声は小さく、車内の誰かに聞かせようという大きさではない。ごうごうと線路を走る音も響いている。しかし、彼女たちの声は明らかに目立っている。それが証拠に、歌声にはっと目を上げたとき、わたしと同じように目を上げた乗客が周囲に何人も見えた。けれど彼女たちは、自分たちが注目されていることなどまるで気にもとめずに、声を合わせ、1人ずつ歌って相談し、また声を合わせていく。まるで屈託がない。うらやましくなった。
わたしは、カラオケがこの世に登場する以前に小中学校時代を送った。1人で鼻歌を歌うのはなんでもないが、誰かと話しているときに、歌を口ずさむのにはちょっとした勢いや勇気がいる。「ねえ、あれどんな歌だっけ?」といった話題が出ても、いざ歌おうとすると構え直してしまう。ところが彼女たちには、歌に入ろうとするときに、気負ったところがない。当たり前のように歌に滑り出していく。小さなコーラスを聴くうちに、普段のことばと歌とを区別して、歌に特別な構えをとろうとするわたしのほうが自意識過剰な人間のような気がしてくる。
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