連載 ほんとの出会い・57【最終回】
写真が引き出す つらなる記憶
岡田 真紀
pp.1003
発行日 2010年12月15日
Published Date 2010/12/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1688101751
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「半世紀昔への旅に行こう!」という不思議なチラシに誘われて,町の区民館に行ってみた。スクリーンに見立てた壁には,穏やかな川面に棹をさし,のどかに浮かぶ小舟の写真が大写しになっている。川岸はなだらかに水辺につながる。周囲に広がる農地は,今は住宅地に変貌し,川にはしっかりとコンクリートの護岸が施され,深く掘られた川床は,のぞきこまないと水の流れも見えなくなっている。
次々と映し出される昭和20年代,30年代の写真に,和室の会場に集まった人たちは,「そうそう,あの橋のたもとに水車があった」「右にあるのは漬物屋で,べったら漬を漬けていたよ」「あの頃は田んぼと川が私たちの遊び場だったのよ」と,記憶をよみがえらせていく。お互いに面識があるわけではないが,半世紀以上も前にそれぞれが共有した風景から,子どもの頃の生活が浮かび上がり,懐かしむ感情が部屋全体を包み込む。その時代を知らない私までタイムスリップしたような感覚になった。写真がただ記憶を引き出すだけではなく,人と人との間に共通した感情を生み出し,それを通じて人をつなげる。写真の力をまざまざと感じたひと時だった。
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