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はじめに
医療は,患者にとって安心と安全が保証されていることが望ましい。また,多くの医療機関は,外来診療,検査,手術,入院治療等において「患者安全」や「医療の質向上」を提唱し,医療事故防止や院内感染防止対策等に取り組んでいる。こうしたことから,昨今,「センチネルイベント(警鐘事例)」に対する報告経路や「クライシスマネジメント」等,医療における危機管理体制の整備も進んできている。
当院においても,これまでの経験を集約するとともに,職員教育を徹底して行ない,手順の統一化やマニュアル化,クリニカルパスの導入による標準化,人間工学的見地に立脚した医療機器・材料の取り扱い方法の検討等により,医療過誤や医療ミスを防止する対策に取り組んできた。
また,転倒転落防止措置,離床センサー,徘徊防止センサー,ベッド柵の点検,ストレッチャーや車椅子の安全点検等により,入院時の二次事故の防止にも取り組み,さらに情報の多様化やネット化に伴う個人情報の漏洩防止,オーダリングシステム等に関するセキュリティ,地震や火災等の災害時や停電時の医療の確保対応等,当たり前であるが,患者の命を守る手立てを試行錯誤しているところである。
しかし一方で,病院という施設全体の安全を考えたとき,医療そのものに加えて,さまざまな社会的リスクが内在していることも忘れてはならない。最近の犯罪事件を見れば,医療施設だけでなく,学校や劇場,オフィスビル等,企業や団体全てがもつべき危機意識と言える。「水と安全はタダで買える」日本人感覚も,近年の著しい国際化,情報化社会においては,もはや「いつ何が起こってもおかしくない」という感覚に変化しつつあるのではないだろうか。ニュースでは毎日のように殺人事件や誘拐事件が報道されており,一種の感覚麻痺に陥っている観すらある。街のDIYホームセンターでは,カメラ付インターホン,侵入警報器,ピッキングやサムターン回し対策錠,自動車盗難防止装置,センサー付ライト,護身用ブザー等の「セキュリティコーナー」もいっそう目につくようになった。各家庭でも,盗難対策等を中心に普及し始めた危機管理だが,病院における「危機管理」をどのように考えていけばよいのだろうか。
例えば,老朽化した配管が腐って破裂し院内が大洪水になるとか,何百キロもある大型金庫が夜中に持ち出されるとか,病院が逆恨みされ爆発物が仕掛けられるとか,犯人が患者を人質にして立てこもるとか,麻薬や劇薬が何者かによって盗難されるとか,職員が不正を働くとか,NBCテロ(核物質,生物剤,化学剤もしくはこれらを使用する兵器を用いた大量殺傷型テロ)の標的になるとか――映画やドラマにありそうなワンシーンであるが,患者の生命と健康を守る病院としては,いずれの事件,事故にも遭いたくないのは同じであり,未然に防げるものであれば何らかの手を打っておきたいものである。患者にとって,病院は安全空間であり,無防備にパジャマ一つで歩いたとしても「危険に晒されている」という意識はおそらく皆無であろう。
筆者は2001(平成13)年度現職に着任し,病院内で起こる「医療」以外の事件や事故が多いことを目の当たりにしてきた。それは「金品の盗難」「職員への暴力」「患者同士の暴力」「駐車場での物損事故」「停電」「離院」「破壊」「漏水」「火災報知機の鳴動」「恐喝」「職員寮への侵入」「職員へのストーカー行為」等さまざまであった。これまでのところ,世間から直接的に病院の管理体制の責任を問われることはなかったが,事務管理部門に籍を置く筆者としては,休日や夜間にオンコールがあると,「何かあったのでは」とドキッとする日々が続いている。
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