研究
痛みを体験している幼児後期の子どもと看護婦との相互の関係性—第2報:看護婦にとっての子どもの体験している痛みの意味の解釈
広末 ゆか
1
1兵庫県立こども病院
pp.545-553
発行日 1991年10月31日
Published Date 1991/10/31
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1681900053
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はじめに
痛みを訴えるということは,単に身体の異常を知らせる徴候としての反応の表現という,生理的な反応としての意味をもつだけでなく,おかれている状況に対しての何等かの意味のある感情表現として存在する1)。そして,痛みは個人的で主観的な知覚であり,その感覚を完全なかたちで相手に伝えることはできない。また,痛みは,各個人の神経系統の構造的,生化学的な違い,過去の体験の違い,痛みが生じた状況の理解の違いによって,人各々のユニークさがあり,相手の痛みを理解することが困難な場合が多いとされている2-4)。
発達途上にある子どもたちの意味の表出をいかに大人が理解していくかは,子どもの体験をどのように理解するかの要素が入り,さらに難しいものにしている。
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