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はじめに
看護学分野の主要な研究テーマの1つに,教育・学習があります。特に近年は,ITを活用してイノベーションを起こす「EdTech(Education×Technologyの造語)」といわれる分野が注目を集めています。この分野では,学習者1人ひとりに最適化された学習環境を提供する上で,テストの解答や点数などのデータに加え,学習行動の履歴(以下,学習ログ)も活用されます。中でも学習ログを活用した分析は「Learning analytics」と呼ばれ,教育分野のビッグデータ解析・人工知能(Artificial Intelligence:AI)の活用が進んでいます。このような教育ビッグデータは,学習管理システム(Learning Management System:以下LMS)で取得できる大量の学習ログによって支えられています。
看護学の教育現場や医療機関では,オンライン学習のツールとして,これまでもe-learningが活用されてきましたが(真嶋,中村,丹羽,木下,吉田,2014;瀬戸ら,2021),COVID-19の感染拡大を受けて,学習環境のオンライン化は今後さらに加速すると考えられます。このような流れから,看護学分野の教育・学習をテーマにした研究分野も,教育介入やデータ収集のプラットフォームとしてe-learningシステムやLMSという選択肢を検討する研究者も増えていくかもしれません。
実際,看護学研究者の多くは大学等の教育機関にも所属しているため,すでに授業やゼミでさまざまなLMSを活用している人も多くいらっしゃると思います。そのため,LMSを研究で活用すること自体は,ハードルが下がっていくと考えられます。特にCOVID-19感染症のパンデミック以降,オンライン授業に関するさまざまな情報がインターネット上で共有されています註1。また,e-learningシステムの選び方に関するWeb記事は多数あり,複数のe-learningシステムを比較するための無料のテンプレートを公開しているものもあります。
しかし,教育介入の研究でe-learningシステムやLMSを利用したい場合に,どのようなことに注意して選べばよいか? という情報は,筆者らが検索する限りでは,容易に見つけることができませんでした。このような研究の経験がある研究チームではノウハウが蓄積されているかもしれませんが,一般には,あまり公になっていないように感じます。
そこで本稿では2回にわたり,筆者らが経験した,研究を目的として,特にクラウド(SaaS/ASP)型註2のe-learningシステム・LMSを選択するときのポイントやピットフォールについて解説します。特に,教育介入でLMSを利用する最大のメリットとなるであろう学習ログについては,研究で必要なデータを本当に取得できるのかを慎重に検討する必要があります。同様の研究を初めて計画するときに,できるだけ効率よく検討を進めることができるよう,一助になれば幸いです。
図1に,e-learningシステムの選定プロセスの流れと,各プロセスにおいて確認しておくとよいことをまとめました。本稿も,この図に沿って解説していきます。今回は,「その2 見積もりを依頼する」ところまでのポイントをご紹介します。
なお,本稿では,学習教材やテスト等の配信・受講環境を提供するe-learningシステム,学習の進捗管理・学習ログの集計等といった学習管理機能(LMS)を次のように定義し,両機能をもつシステムの総称として「e-learningシステム」を用います。
・e-learning:ITやインターネットを介して実施される教育(学習)形態。
・LMS:e-learningの統合管理を行うための学習管理システム。学習コンテンツの配信だけではなく,効果的に教育を行えるよう,各受講者の学習状況を把握して適切な対策を行うための学習履歴管理機能,テスト実施機能,アンケート機能などを搭載。
・学習ログ:学習行動履歴のデータ。テスト等の解答データやアクセスログ(アクセスした学習教材,アクセス日時,学習時間,学習回数など)が含まれる。
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