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看護現象を言語化するためには
セッションAでは,「つたえる」をテーマとして,臨床現場に生起する看護現象の言語化に取り組んだ成果が発表された。セッションBに含まれる「理論(既存の知)を使って説明する」という取り組みとは異なり,セッションAではリフレクティブなアプローチを用いて,個別の事例から帰納的に現象を言語化していくことをめざした。そのために,一連の看護実践を単なるその人の主観的な「体験」として行為者の視点から記述するのではなく,その行為者と他者との相互作用によって生じている「できごと」として記述し,「他者の反応」という情報を手掛かりとしながら「現象の本質」へと近づき,それを言葉にしようと試みた。
Chinn, & Kramer(2015)は看護の知を,看護の倫理的な側面の知であるEthical Knowledge,他者と相対する自分自身の知であるPersonal Knowledge,看護の芸術的な側面の知であるAesthetic Knowledge,看護の科学的な側面の知であるEmpiric Knowledge,そしてさまざまなレベルの不公正から人々を解放するための知であるEmancipatory Knowledgeの5つの形式で捉えている。Empiric Knowledgeは,どのような学問分野においても,実証された知として価値が認められるところであるが,看護分野においては,実証された知識のみを用いて人々の複雑な健康課題をすべて解決していくことは難しい。例えば,臨床現場で絶えず看護師を苦悩させる倫理的な課題の解決にはEthical KnowledgeやPersonal Knowledgeが必要不可欠である。また,患者が初めて受ける医療処置への不安を和らげるためには,Aesthetic Knowledgeに基づく所作のスムーズさも求められるであろう。坂下(2017)は,近年のメタ理論家たちの取り組みを,看護学を従来の「科学」の中に押し込めようとせず,新しい知のパターンを生み出す学問分野として位置づけるためのチャレンジであると評価している。答えが1つに収束するとは限らない不確定な現象を取り扱う実践学の世界において,さまざまな形式の知に着目しながら,看護師とケアの対象となる人々の間で生じる現象に名前をつけ,取り扱おうとする試みは,多様な知のありようを認める看護学の発展に必要不可欠な取り組みであるといえる。
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