- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
はじめに
医学研究の進歩は,人々の健康を維持・増進する生活について解明し,感染症を予防するための生活,肥満や高血圧を予防するための生活,糖尿病が悪化しないための生活など,有効とされる生活上の知識を豊富に提供している。しかし,一般的に有効とされている知識があったとしても,実際の生活のありようは個々人によって異なり,健康や病気のありようも多様である。看護は,個々人の多様な実際の「生活」に関与する。たとえ,同じような病気で,同じような治療を受け,同じ病棟で入院生活を送っている人であったとしても,その入院生活は,その人の生活上の文脈に存在し,個々人によって異なるのである。日常の生活は,さらに個別的なものである。看護は,健康や病気といった状態への関与のみならず,生まれ育つ過程,老い死に至る過程といった,人々の「人生」の過程にも関与する。人の成長や死への過程が円滑に行なえるようなケアもまた,看護の役割である。
すなわち,看護の対象は,人生を生き・生活している人間なのである。Leininger(1985/1997,p.29)は,看護を人間についての研究と実践の場であるとし,人間を知るために,自然のままの,その人々が慣れ親しんでいる生活のデータに価値があるという。看護の研究において,生活を描き出すことの意義は大きい。しかし,「生活」に関するデータは,主観的で個人的なものであり,容易に理解したり描き出せたりするものではない。例えば,糖尿病との診断は,ある人にとっては「これまでの食生活を続けられない,絶望的な体験」であり,ある人にとっては「これまでの食生活を見直す,建設的な体験」であるかもしれない。同じような生活上の出来事が生じても,それに対する認識や反応はさまざまなのだ。また,絶望的に感じていたことが,のちのちにはよい機会として変化するかもしれないし,建設的に考えていたことが,のちのちには絶望へと変化するかもしれない。人々の「生活」は,主観的・個人的であり,時間による変化を伴う。
では看護研究において,多様で変化を伴う人々の「生活」に関するデータを,どのようにして得ることができるのか。最も一般的に用いられる方法は,インタビューである。語り手が,どのような出来事をどのように体験し感じ考えているのか,フィールドワークのなかで,あるいはインタビューの場を設定して,語りに耳を傾ける。語られる生活のストーリーは,私的なストーリーであり,健康上の問題やケアが大きく関連しているストーリーである。病気や健康上の問題をめぐっての,日常あるいは職場などでの生活に関する私的なストーリーを語ること,聴くことによって何が生じるのか。ここでは,生活に関するインタビューで生じることについて,看護研究に焦点を当てて述べる。
Copyright © 2006, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.