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はじめに
幾何学の証明に補助線というのがある。難しそうな設問でも補助線を1本引くだけで難なく解けてしまうという経験を,多くの人が中学や高校の時にしたことがあるのではないだろうか。しかしうまく補助線を引くのはなかなか難しく,変な引き方をするとますます頭が混乱してしまう。質的研究を行なう時にも同じことがいえる。個々の研究のなかでデータを理解するためにも,また,データに質的分析を適用するためにもなんらかの補助線が必要かもしれない。その補助線は,幾何学の証明における補助線がそうであるように,なるべくわかりやすく誰にでも使える,汎用性の高いものであることが望ましい。
今回読んだ『質的研究方法ゼミナール─グラウンデッドセオリーアプローチを学ぶ』(本稿では以下,本書とする)は,そうした「補助線」をグラウンデッドセオリーの手続きに与えようとする1つの試みである。本書は一見,質的研究法を学びはじめた初心者向きのガイドブックのようにみえるし,実際その機能は十二分に果たしている。本書の各章では,編者の主催するゼミナールの様子がエクササイズも交えながらわかりやすく紹介されており,理論書を読むだけではわかりにくいといわれる質的研究の作業を,段階を追って学ぶことができる。
しかし同時にこの本は,実質的な著者である戈木クレイグヒル氏のグラウンデッドセオリーアプローチに対する解釈あるいは批評としても読むことができる。この方法論は,データに基礎づけられた新たな理論を発見する(あるいは構成する)もので,その理念自体の魅力で多くの人に注目されているものの,実際の細かな作業の仕方はそれほど理解しやすいものではない。著者は,これまであまり注目されていなかった補助線を用いて,グラウンデッドセオリーの方法をもう1度整理し直す。そこにはまた,この方法論を次の世代に伝えていこうとする,はっきりとした意志がみてとれるように思われる。
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