連載 筆から想いは広がって・10
石の呼び声
乾 千恵
pp.86-87
発行日 2008年1月25日
Published Date 2008/1/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1665101157
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- 文献概要
私は無類の石好きである。道端や水辺で,ふと目に留まった石があると,思わず拾い上げる。掌に載せてみて,重さや形,手ざわりが,手と心にしっくりなじんだら,もう手放せなくなるのだ。ゆえ知らず惹かれて連れ帰った石たちが,棚の上に幾つも並んでいる。
小石ばかりではない。人々が太古から思いを託してきた大きな石にも,並ならぬ魅力を感じる。イギリス南西部のコーンウォールにある,二つの石の遺跡もそうだ。まず,「穴あき石」という意味の名を持つメン・ナン・トール。野原に,丸い,ドーナツ型の石が立ち,二本の細長い石がそれをはさんでいる。いずれも丈はそんなに高くなく,遺跡と呼ぶにはこじんまりしているが,人が次々とここを訪れ,真ん中の石の前で身をかがめては,その穴をくぐり抜けていく。というのも,このメン・ナン・トールには古くからの言い伝えがあって,穴をくぐると健康が回復できるというのだ。この石は,その形から,どうやら女性の生殖器のシンボルと考えられていて,そこを通れば「再生する=健康を取り戻す」ことになるらしい。私もそこを「通過」したが,それだけでは満足できず,石の周りを巡っては,何度も手で触れた。妙に慕わしかった。はるばる訪ねてきたこの「お母ちゃん」と別れたくない,そんな感じだった。
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