連載 今月のニュース診断
ブレンダの悲劇をふり返る―誰もが自分自身の「性」を生きられる社会のために
加藤 秀一
1
1明治学院大学社会学部社会学
pp.974-975
発行日 2005年11月1日
Published Date 2005/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1665100310
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ブレンダの悲劇
ジョン・コラピント著『ブレンダと呼ばれた少年』(村井智之訳,扶桑社)は衝撃的な書物である。性について考える者すべてにとって必読の書と言ってよいだろう。出生直後に医療事故でペニスを失った男児が,ブレンダという名を新たに与えられ,性転換のための治療を受けて,女性として育てられた。この事例は,性医学の権威ジョン・マネー博士の唱える性自認の環境決定説の有力な証拠として報告され,盛んに引用された。ところが,のちにミルトン・ダイアモンド博士らの追跡調査によって明らかにされたのは,ブレンダが女性であることに決して馴染むことができず,孤独で不安定な少女期を過ごし,ついにデイヴィッドという名の男性として生きていくことを自ら選ぶに至っていたという事実だったのである。
マネー他の『性の署名』(人文書院)は日本でも広く読まれ,ダイアモンドによる批判についても,ダーデン=スミス他『セックス&ブレイン』(工作舎)によって紹介されているから,大まかな顚末についてはご存じの方も多いだろう。しかし,当事者とその周囲の人びとの声を丹念に掬いとったコラピントの著書は,単なる性自認の原因をめぐる研究の追跡にとどまらず,とりかえのきかない一個の人間の運命に肉迫することで,「性自認は生得的か後天的か」といった粗雑な科学的議論の枠組みそのものに対する批判にもなっている。
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