連載 後輩保健師に伝えたいこと・1【新連載】
自分だけではなんにもできない
新井山 洋子
1
1十和田市健康福祉部
pp.62-65
発行日 2010年1月10日
Published Date 2010/1/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1664101322
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私が青森県の十和田市職員に採用となった1973(昭和48)年頃は,保健師は引く手あまたであり,県外の保健師学校卒の私は無試験で採用された。今では考えられないことである。
当時は,国保保健師として7名が配置されており,母子保健,成人保健,地区組織担当の3人の主任保健師のもと,業務分担と小学区ごとに地域担当し,家庭訪問と,月1回の町内会ごとの健康相談に日々明け暮れていた。
当時はパソコンなどなく,訪問記録,会議資料などすべて手書きであり,年間訪問件数は400人余りと記憶している。保健所保健師と地域分担をし,地域丸ごとの世帯管理をしていた。保健所保健師を含め,住民の顔の見える地域活動が華やかな時代であり,地域に出かけるたびに住民から感謝や労いの言葉をかけられたものである。
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