わたしの大切な作業・第93回
なんにもなくなってから
司 修
pp.1
発行日 2026年1月15日
Published Date 2026/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.091513540600010001
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ぼくが小学三年の夏、空襲で町のほとんどが焼けて、なにもかもなくなりました。母子家庭だったので、母と二人、焼け野原に立って、ポカンとしていると、母が「生きられたな」といいました。ぼくはその意味を理解できず、家々の後ろに隠れていた赤城山が、びっくりするほど大きく見えているのに驚いていました。
母は、焼けて黒くなった柱や、グニャグニャのトタン板を集め、小さなシャベルで穴を掘り、柱を立て、バラックを作りはじめました。手押しポンプの井戸から水が出たのは奇跡でした。ぼくは凸凹の鍋に水をくんで、汗ビッショリの母にぶっかけ続け、「涼しくなれ」という思いと、いけないと思いつつ、叱られてばかりいた母に意地悪している快感とを感じていました。いまそれを思い出すと、母に対する反感が水で溶けたのだと思います。女性の力強さも感じましたが、少年のぼくに言葉として残りませんでした。それゆえに、イメージとしてぼくの身体全体に刻まれたのだと思います。
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