起爆と原点・3
[第1話]いたわりのマキシム—[その2]
箙 田鶴子
pp.392-396
発行日 1980年6月25日
Published Date 1980/6/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663907455
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ところが,弟の手を引き歩くA子の姿を見て,すれ違いざまにある者—看護婦だったというのだが,どうもこの記述は悪イメージのナースを多く登場させて申しわけなく思う.筆者は偏見を持っているのではなく,関係者からの聞き書きをしているのだが,このことを裏返せば,それだけA子がだれとでも打ち解けない誤解されやすい娘であった,ととれないだろうか.更に言えば己が内心の喜怒は極力表面に出すまいと努めていたことが素直に伝わらず,それは外見上は<強者>とみえ,小生意気と,一種いたぶり思いを周囲に抱かせる雰囲気を持っていたのではなかろうか.情況の中,弱者は弱者らしくあることをひとは期しがちだ,それに属さぬ者の言動は<虚勢>とみえ,面皮を剥ぎたい衝動にも駆られやすいのは,よく見られる光景なのである—が‘お化けが弟を連れて歩いているわ’と咳いた.
後ろを歩いていた同僚が聞いて驚く暇もなく,A子はその場に打ち倒れ,強度のヒステリー状狂乱で意味の判らないことを泣き叫びながら人事不省に陥った.自失し,立ち尽くす弟と,別室で施設側職員と話し合っていた母親が呼ばれ,駆けつけたけれど術もなく,発作中に病人の体を移動させるわけにいかないしで,結局A子を残して母子は帰った.
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