文学の中の看護
真実の光の中で—トルストイ著“イワン・イリッチの死”
清水 昭美
1
1大阪大学医療技術短期大学部
pp.55-60
発行日 1976年1月25日
Published Date 1976/1/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663906957
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まえがき
“イワン・イリッチの死”(米川正夫訳,岩波文庫)は,1886年に,トルストイによって書かれた小説である.この小説の評価が,一般に地味なのもうなずける.市井の一判事のごく平凡な死だけしかテーマはない.大活劇も派手な恋愛沙汰も,主なストーリーさえないに等しい.しかし,トルストイの傑作の1つと高く評価されてきたわけも,読みこむほどに分かってくる.まず次の3つの理由を,感銘をうけるところからあげたい.
(1)死を前にした病人の心理を極めて克明に描きあげている.働き盛りのイワン・イリッチが病気になり,次第に口中の妙な味覚や横腹の痛みが加わり,医師の診断もはっきりしないまま日が過ぎていく.不安が日を追って加わり,猜疑心がわく.そのうち,あおむけに倒れてしまう.じりじりと吸うような痛みとの闘いの日々の中で,自分は助からぬのではないか,いやそんなはずはない,と死の否定の努力をする.
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