教育月評
日本近代教育100年をふりかえって
伊ケ崎 暁生
1
1国民教育研究所
pp.776-780
発行日 1972年12月25日
Published Date 1972/12/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663906642
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教育100年をどう見るか
1972年10月5日,東京の国立劇場で,天皇・皇后臨席のもと,教育関係者ら約1700人が出席して文部省主催‘学制100年記念式典’が開かれました.1872(明治5)年,それまでの武士のための学校(幕府の昌平校—国電お茶の水駅横や各藩の藩校)と庶民のための学校(寺子屋・塾)が大きく改められ,‘邑(むら)に不学の戸なく,家に不学の人なからしめんことを期す’という‘学事奨励に関する被仰出書(おおせいだされしょ)’が太政官(だじょうかん—内閣制度施行までの明治の最高官庁)から出され,‘学制’(現在の学校教育法)が発布されてちょうど100年がたちました.
この式典で稲葉文部大臣は‘世界の進運に伍(ご)し,真にわが国が繁栄を保持し,世界平和と人類の福祉に貢献していくためには,新時代の要請にこたえて教育の普及充実と刷新に一段と努力を傾注し,健康にして徳性高く,創造性に富み,かっ国際社会において積極的に活躍できる有為な日本人の育成を期することが基本であると確信する’と式辞を述べ,田中首相は‘これからの教育刷新,振興に最大の努力を尽すべき責務を痛感する’との祝辞を述べました.‘本日ここに学制100年記念式典に臨み,諸君と親しく一堂に会し,わが国近代教育の発展を祝うことは,わたくしの深く喜びとするところであります’という“天皇陛下のおことば”で式は終わりました(“毎日新聞”“朝日新聞”10月5日夕刊).
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