特別寄稿
生きた子どもに眼をひらけ
上田 薫
1
1都留文科大学
pp.850-855
発行日 1999年11月25日
Published Date 1999/11/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663902144
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近視眼と物真似
教育に行きづまりを感じていない人はめったにいないとさえ思えるのに,そのことを深刻に考える人が稀にしかいないというのが,日本の現状である.もちろん困惑している人はいる.悩みぬいている人もいる.しかしそれは,当面をどう打開しようかということのためであって,未来を遠く見わたしてのことではない.そう言うと,そんな余裕などあるかと開き直られるであろうが,努力も工夫もただ現前の始末だけに追われてきたから,ことは深刻をきわめることになったのである.今なんとかしなければ,もう先ではどうしようもなくなる.いや,将来を若えると,今どうしても抜本的な手を打たねばならない.そのことに切羽詰まったものを覚えるのが,どうしてゆとりなのであろうか.
考えてみれば,日本の政治も経済も,実はそういう近視眼流を続けてきた.これまでのしきたりに寄っかかったまま,場あたりのやっつけ仕事でお茶を濁してきている.目先だけの取り組みは,結構勤勉にやるのかもしれないけれど,長い眼で見れば見当は狂わずにいないのである.取り返しのつかぬ誤りも,次々と繰り返されているのである.ましてことが人間の未来を育てる教育となれば,その日暮らし的発想はもはや致命的と言わなければならぬ.
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