連載 人間と教育・3
人間は教えることができるか
上田 薫
1
,
加藤 由美子
1前:都留文科大学
pp.164-165
発行日 1993年3月25日
Published Date 1993/3/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663900539
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こういう問題を提起すること自体,多くの人は奇異に思うのではないであろうか.人間の集団は古くから教育を重要な機能と考えてきたし,ごく手近のことを思ってみても,現に私たちはたえず教えたり教えられたりして,社会生活をいとなんでいるのである.このように自明のことになせ疑問をさしはさもうとするのか.動物だって教え訓練すれば,驚くようなことまでできるのである.
たしかに道に迷った人に行先を教え示すことは可能だ.原理原則を教えられれば個々の問題が解けるのも当然だ.もちろんそれでもう目的を果たし終えるということもあるであろうが,もしそのつど一度ごとにご利益が全く消えてしまうのでは,不便だし不自然でもある,教えられたことがなんらかの力になって残り,以後それか独力で働くのでなければ,教えの成果はごく小さい.いや,せっかく人間に備わっている応用の力が宝のもち腐れになる.
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