連載 人間と教育・8
過程をたいせつに
上田 薫
1
,
加藤 由美子
1前:都留文科大学
pp.564-565
発行日 1993年8月25日
Published Date 1993/8/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663900621
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結果説とよばれる道徳的立場があって,これはもっぱら結果を重視する考え方である.すなわち,結果さえよければ行為の途中のことは一切問わぬという思想である.きわめて簡明で合理的と思えるが,そうは問屋がおろさぬから困るのである.もし試合で勝つことだけが大事なら,敵味方力を出しつくした上でようやく勝つなどはばかくさい.巧みな術策で損害を極小にとどめながら,確実な勝利を収めることこそ賢明である.
けれどもそうなれば当然試合の内容は軽視される.第二義的なものと見なされてしまう.それではいったいなんのためにふだん苦労して力を充実させているのか.もし中身なしで収穫だけ得ようとするのをカンニングとよべば,結果万能のこの考え方は,まさしくカンニングそのものである.
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